電通の五輪談合「罰金3億円」は安すぎる!? “利益が上回ればヨシ”とする日本企業が見落とすもの古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」

» 2026年01月07日 07時00分 公開
[古田拓也ITmedia]

筆者プロフィール:古田拓也 株式会社X Capital 1級FP技能士

FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックスタートアップにて金融商品取引業者の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、広告DX会社を創業。サム・アルトマン氏創立のWorld財団における日本コミュニティスペシャリストを経てX Capital株式会社へ参画。


 2025年12月9日、最高裁判所は東京五輪・パラリンピックを巡る談合事件において、電通グループなどの上告を棄却する決定を下した。これにより、法人としての電通グループに対する罰金3億円、元幹部に対する懲役2年(執行猶予4年)という司法判断が確定した。

 国家の威信をかけた巨大プロジェクトの裏で行われた歴史的な汚職事件に対し、有識者からは「罰金が安すぎる」「これではやったもの勝ちではないか」という憤りの声が上がっている。

 感情論として語られがちな「やったもん勝ち」論だが、経済学および経営学の視点からデータを精査すると、その指摘は正しいことが浮き彫りになる。本稿では、確定した判決と関連データを基に、今回の談合が電通にとっていかに”合理的”な投資行動であったか、そして日本の制裁制度がいかに国際基準から乖離(かいり)しているかを検証する。

談合の「損益分岐点」 日本は“甘すぎる”?

 企業がコンプライアンスを逸脱して違法行為に手を染める際、そこには無意識的であれ「期待収益」が「期待損失」を上回るという経済合理性が働いている。今回の電通グループのケースを損益計算書のように分析すれば、その構造は明白だ。

 公正取引委員会の認定や報道によれば、本件談合の対象となった契約総額は、テスト大会・本大会のいずれもで考えると、電通や他の広告代理店で合わせて約437億円規模に達する。

 仮に大手である電通グループが控えめに見積もって全体の3割程度シェアを握っていたと仮定しよう。130億円規模の売り上げが立っていたと推定される中で、今回確定した罰金3億円や課徴金の総額約12億円というコストは、はたして十分な抑止力になり得るだろうか。

 同社の五輪開催年の営業利益率は約22%だった。これを鑑みれば、罰金を支払ってもなお、20億円単位の利益が手元に残るという計算は容易に成り立つ。

 財務的な視点に立てば、今回の制裁は懲罰というよりは「必要経費」の範疇に収まってしまっていると言わざるを得ない。

photo 電通にとって談合は「合理的な経営判断」だったか(ゲッティイメージズ)

世界標準で見ると日本は“談合天国”?

 この「やったもん勝ち」の状況がいかに特異であるかは、視線を海外に移せばより鮮明になる。もし電通が同様のカルテルを米国やEUで行っていた場合、企業の存続すら危ぶまれる事態に直面していたはずだ。

 米国においてカルテルは重罪であり、制裁金は「影響を受けた取引量」を基準に算定される。法定上限は1億ドル(150億円)と日本の30倍だが、実際は違反によって得た利益、または被害者が被った損失の2倍まで罰金を引き上げることが可能である。

 日本企業のブリヂストンも2014年に米国における部品カルテルで4.25億ドル、当時のレートで約430億円の罰金を支払った。

 さらに恐るべきは個人の刑事責任だ。米国では企業の幹部クラスであっても執行猶予なしの実刑判決が下され、収監されるケースが珍しくない。経営者にとって、自らの身体拘束こそが最大の抑止力となるが、日本では今回も執行猶予付き判決となった。

 またEUにおいては、制裁金の上限が「全世界売上高の10%」と定められている。電通グループの売上規模を1.4兆円からすれば、理論上は最大で1400億円を超える制裁金が科され得る制度設計となっている。

社会的制裁の無力化

 法的制裁が不十分であるならば、指名停止などの社会的制裁が機能を補完すべきであるが、ここにも日本の公共調達の構造的な矛盾がある。

 電通グループに対しては、省庁や自治体から数カ月間の指名停止措置が取られた。しかし、随意契約ベースで東京都から案件を受注するなど、指名停止措置にも抜け道があることも明らかとなった。

 加えて、同社の収益構造の大半は民間企業からの広告収入に依存しており、官公庁の指名停止が経営の根幹を揺るがすことはない。

 発注者である官公庁は、失敗が許されない巨大イベントにおいて、結局は実績のあるガリバー企業に頼らざるを得ない。「他に代わりがいない」という地位を確立している限り、指名停止が明ければ再び巨大プロジェクトの中心に返り咲くことは約束された未来といえる。

「合理的選択」としての談合が招く「日本売り」

 現行の日本において、巨大公共事業での談合は、リスクを考慮してもなおリターンが上回る「経済的に合理的なビジネス戦略」として成立してしまっている。

 「やったもん勝ち」という批判は、単なる感情論ではなく、経営学的な事実といえる。10億円程度のコストで数百億円の利益が確保できる構造が温存される限り、経営者が次のプロジェクトで同様の判断を下すインセンティブは排除できない。

 しかし、この「ぬるま湯」の代償は大きい。グローバルな機関投資家がESG(環境・社会・ガバナンス)を重視する中、不正に対する制裁が緩い市場は「ガバナンス不全」と見なされ、投資対象から外されるリスクを招くからだ。

 欧米の懲罰的制裁は、単なる「正義の実現」だけでなく、世界の投資家から見放されないための生存戦略でもある。

 電通グループ、ひいては日本市場全体が、海外マネーを呼び込めるか。その一つのファクターが、この「歪んだ合理性」を断ち切るガバナンス改革と関連している。

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