蔵人の報告を聞き、頭を抱えたのは酒造りの責任者である杜氏の川口幸一さんだ。 川口さんはすぐに事態を社長の飯沼一喜さん、営業チームに伝え、今後の対策を話し合った。
最高級の原料を使った酒は、トラブルによって味のバランスが崩れてしまっている。しかし、大量の酒をそのままにしておくわけにはいかない。なんとか「飲める商品」に仕上げて、届ける方法を模索しよう。方向性は決まったものの、川口さんは対策を考えながら数日眠れぬ夜を過ごした。
川口さんが対策を考えるのと並行して、飯沼さんと加藤さん、営業部長の金子さんの3人は商品化に向けての会議を行った。こうしたトラブルが起きたときの一般的な対応としては、トラブルが起こったことは言わず、酒瓶のラベルの色を変えてイレギュラー商品として扱ったり、「試験醸造」などのネーミングで販売したりすることがある。飯沼本家はどのような判断をしたのだろうか。
「『酒々井の夜明け』の予約を中止するために、酒販店さんなどに事情を説明する必要がありました。楽しみに待ってくれているお客さまや酒販店さんに、トラブルを隠すことはできません。誤った原材料を投入したタンクのお酒は、別商品として売り出そうという結論になり、商品名は『酒々井の諸事情』に決まりました。会議は20分ほどで終わりました」
商品名を決めるにあたり商標を調べると、北海道旭川市の酒造「男山」が「諸事情」の商標を持っていることが分かった。コロナ禍に『男山 諸事情』という商品を販売していたのだ。男山に連絡したところ、「そういう事情なら使ってください」と快く了承してくれた。
そこから、酒々井の諸事情のラベルデザインを急ピッチで進めた。飯沼本家の銘柄である「甲子(きのえね)」のデザインは、亀とねずみがモチーフとなっている。いつもは上を向いているねずみが、諸事情のラベルでは下を向いて汗をかいている。亀とねずみがそろって頭を下げるデザインを変更した。
一部の取引先からは「土下座甲子」とも呼ばれたそのデザインは、謝罪の意を表しつつ、どこかユーモアを感じさせる。裏ラベルでは、商品が生まれた経緯をイラストでポップに説明した。
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