ここまでは、過熱するボンボンドロップシール市場が生み出した問題として整理できる。しかし、その影響は消費や流通の混乱にとどまらず、社会的な問題へと波及し始めている。
沖縄県浦添市では、1万2100円相当のシールを盗んだとして、浦添署が市内在住の無職の夫婦を窃盗容疑で逮捕した(参照:沖縄タイムス「再流行『ボンボンドロップシール』22シートを転売目的か 窃盗容疑で無職の夫婦を逮捕 1万2100円相当 浦添署」)。
また、こうした過熱は、子どもたちの身近な人間関係にも影を落としている。「人気のシールを持っていると、そればかり欲しがられて、断れずにほとんどなくなってしまった子もいたみたいです。学童でシールを盗まれたこともあって……」という声も聞かれる(参照:ABEMA TIMES「『シール格差も』『学童で盗まれ…』空前のボンドロブームで続出する “シールトラブル” 犬山紙子氏『大人も試されている』」)。
本来は対等な交換であるはずのシール交換が、希少性を帯びた瞬間に力関係を含む行為へと変質してしまうのである。
さらに、見えにくい問題として浮かび上がるのが「シール格差」だ。親が情報を集め、抽選に応募し、店舗をめぐって入手する家庭もあれば、そうした余裕のない家庭もある。全ての家庭が流行の商品を買い与えられるわけではないのに、子どもの世界では、その時々に流行しているものが評価軸になりやすい。
結果として「いいシールを持っていること」が無言の優位性として機能し得る。親の経済力や時間的余裕といった“実資本”が、意図せず子どもの持ち物に反映され、それが交換の場で可視化される。そこでは、劣等感やマウンティングの芽が生まれる可能性も否定できない。
高価なモノであれば、買えるかどうかで線引きは明確だ。だが、シールのように安価で入手のハードルが低い遊びでは事情が異なる。参入障壁が低いからこそ、持ち物の“質”や“充実度”が差となって現れるのである。
所有の差そのものは昔からあった。しかし、シールやカードのように持ち寄り、交換する文化では、その差が直接並べられ、価値を測られる。交換とは単なるやりとりではなく、互いの所有を評価し合う行為でもある。その瞬間、違いは評価へと変わる。
「○○ちゃんはいいシールをたくさん持っているから交換したい」「□□ちゃんとは交換したくない」――そうした選別の積み重ねのなかで、持ち物の格差はやがて持ち主の評価へとすり替わっていく。
もちろん、こうした構図自体は新しいものではない。かつてから、ゲームを数多く買ってもらえる子と、そうでない子の間には差があった。シールにおいても同様で、お金をかければコレクションは充実し、レアなものを手に入れる確率も高まる。
しかし今回のブームをより複雑にしているのは、単純な経済力の差だけではない点にある。情報を素早く入手できる親、入荷情報を追い、抽選に応募し、店舗を買い回る時間と熱量を持つ親。いわば「情報資本」や「行動資本」とも言える要素が、シールの入手可能性を左右している。そこでは、単なる収入の多寡だけでは測れない差が生まれている。
シールという同じ対象を楽しむという意味では、子どもたちは本来対等であるはずだ。しかし、その場に持ち寄られるシールは、家庭ごとの経済的・時間的・情報的な実資本を背後に抱えている。その差は、遊びの場に持ち込まれる。遊びの場であるはずの空間に、家庭環境の差が透けて見えてしまうのである。
小さな一枚のシールに子どもと大人が同時に熱狂し、そこから需給の歪みや転売、さらには家庭環境の差までをも映し出す社会現象へと発展した。後編では、人々がボンボンドロップシールを欲する理由を「レア商品」の観点から探っていく。
1989年生まれ、静岡県出身。2019年、大学院博士課程在学中にニッセイ基礎研究所に研究員として入社。専門は現代消費文化論。「オタクの消費」を主なテーマとし、10年以上、彼らの消費欲求の源泉を研究。若者(Z世代)の消費文化についても講演や各種メディアで発表を行っている。テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」、TBS「マツコの知らない世界」、TBS「新・情報7daysニュースキャスター」などで製作協力。本人は生粋のディズニーオタク。瀬の「頁」は正しくは「刀に貝」。
「ラブブ」トレンドは長くは続かない? ジレンマを抱える人気キャラが「失った価値」
負債2億円から売上35億円へ 「自分の代で潰す」と決めた二代目の“悪あがき”が最強のチームをつくり出すまで
ローソンの車中泊は、単なる「場所貸し」ではない 見落とされがちな体験価値とは
倒産寸前なのに年収100万円アップ 売上38億円のV字回復を実現した、山梨のプリント企業の「決断と狙い」
年商54億円企業を「突然」継いだ兄弟 役員・社員が辞めていく中でも改革を続けたワケCopyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング