犬山が観光名所としての地位を確立したのは国内でも早く、150年以上前である。その背景には、犬山城の天守が1876年から一般公開されたことがある。
また、戦後は日本モンキーパークや「博物館明治村」といった施設も相次いでオープンし、一大観光地として栄えていった。城下の商店街も活気があり、住民が日々の買い物などをしていた。
ところが、平成に入ると観光客は減少。犬山城の入場者は、2003年に19万585人と過去最低を記録した。
衰退の原因の一つは旅行スタイルの変化だ。かつての観光は団体旅行が中心で、大型バスで乗り付け、犬山城を見学すると次の目的地へ向かう「点の観光」だった。
それが平成以降、個人旅行へとシフトした。これにより、城見学の前後に城下町を歩き、地元の人と触れ合いたいというニーズが高まった。しかし当時の犬山では、それを受け入れる体制が整っていなかった。同時期には郊外型ショッピングモールの出店が相次ぎ、商店街は衰退。多くの店が廃業してシャッターが下り、城下町は住宅街のような姿になっていたからだ。
1990年代後半以降、城下町の通りにある店は10店舗にも満たない状態が続いた。わずかに残る駄菓子屋や花屋も、基本的には地元住民向けで、城を訪れる観光客が街でお金を落とす仕組みにはなっていなかった。そして低迷が長引くにつれ、地域内では不毛な責任の押し付け合いが生まれ、連帯して状況を変えようとする空気も失われていった。
犬山観光、V字回復の裏で何が? 食べ歩きブームとゴミ問題、外国人への偏見……「急いだら絶対にいかん」と仕掛け人
書類でよく見る「シヤチハタ不可」、シヤチハタ社長に「実際どう思ってますか?」と聞いたら意外すぎる答えが返ってきた
“絶滅危惧”の屋上遊園地、数億円かけて再生 松坂屋名古屋異例の挑戦、成果は?
「ヨーカドーのポッポ」はまだ生きている――“昭和の軽食処”のさりげない進化
宮古島“観光バブル”の代償──倍増した家賃、住めなくなる地元民……変わりゆく現実Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング