交通ICから「移行」したバス会社と「共存」を選んだ鉄道グループ――クレカ乗車、九州の2つの解(2/4 ページ)

» 2026年03月11日 13時10分 公開
[斎藤健二ITmedia]

九州産交バス――ICを手放す決断

 熊本県を中心にバスや電車を運行する九州産交グループ。熊本の共同経営推進室に参加する5事業者は、2024年11月に全国交通系ICカードを廃止した。2025年2月にはタッチ決済によるクレカ乗車を導入。交通系ICをやめてクレカ乗車への移行に踏み切ったという、全国でも珍しい事例だ(なお、現金や「くまモンのIC CARD」は利用できる)。

 背景にあるのは、地方の公共交通が抱える構造的な苦しさだ。利用者の減少、運転手不足、路線の8割が赤字。そこに交通系ICシステムの更新時期が重なった。更新にかかる費用は12.1億円だ。タッチ決済なら新規導入でも6.7億円と、約半額で済む。

交通系ICの更新に12.1億円、タッチ決済なら新規導入でも6.7億円。九州産交バスが移行に踏み切った判断の背景には、この費用差がある(九州産交バス発表資料より)

 「やめるのは非常に苦しい判断だった。お客さまの使い慣れた手段を奪うのだから」。九州産交バスの森山諭・共同経営推進室担当はシンポジウムでそう振り返った。全国からネガティブな声も多く届いたという。既存システムの更新に使える補助金はなく、それでも路線バスは走らせなければならない。その中での選択だった。

 結果はどうだったか。導入直後、クレカ乗車の利用比率はわずか0.9%。それが現在は13%まで上がり、土日祝日には15%を超える。輸送人員は前年比102%を維持した。ICカードを廃止しても、利用者が離れたわけではない。

導入直後は0.9%だったタッチ決済の利用率は13%まで上昇。土日祝日には15%を超える(九州産交バス発表資料より)

 運営面の変化も大きい。タッチ決済はABT(アカウントベースドティケティング)方式のため、運賃の計算はクラウド側で処理される。ICカードのように車載器を都度改修する必要がなく、カードの発行・管理業務もなくなった。「タッチ決済は新しいお客さまを連れてくる入口にもなる」と森山氏は話す。

ニモカ+西鉄グループ――ICカードと「共存」する道

 九州産交バスとは対照的な道を選んだのが、西日本鉄道グループの交通系ICカード「nimoca」を運営するニモカだ。nimocaの発行枚数は約600万枚。九州を中心に28社局で導入され、約5000台の車載器が稼働する。

 クレカ乗車に取り組み始めたきっかけはインバウンド対策だった。2022年7月、訪日客の取り込みを狙って西鉄電車の主要駅と観光利用の多い5駅で実証実験を始めた。翌年の世界水泳福岡大会に合わせて範囲を広げ、2024年11月に西鉄電車の全駅でタッチ決済の改札機の導入を完了し、2025年4月から本格導入に移行している。

 ここで出てきたデータが面白い。福岡空港と博多駅を結ぶ路線バスでは、2023年7月に75%だった現金比率が、2024年12月には47%まで下がった。直近の2025年12月には26%まで落ちている。クレカ乗車の比率は着実に伸びている。ところが交通系ICの利用は減っていない。むしろ増えている。他の路線でも傾向は同じだという。

福岡空港―博多駅線の現金比率は75%から26%に低下。一方でICカードの利用はむしろ増加傾向にある(ニモカ発表資料より)

 「お客さまが状況に応じて最適な支払手段を選べる環境を整えておくことが重要だ」とニモカの田端敦社長は語る。クレカ乗車が増えた分だけICカードが減るのではなく、どちらも現金からの移行を吸収している。つまりクレカ乗車はICの代替ではない。現金の受け皿がもう一つ増えた、というのが実態に近い。

 共存を支えているのはシステムの連携でもある。nimocaのバス運賃システムで作ったマスター情報は、ICカードの車載器とタッチ決済のクラウドの両方に一括で反映される。逆にクレカ乗車の利用実績もnimocaの管理端末に自動で取り込まれ、ICとタッチを合わせた収入やOD(乗降)データをまとめて集計できる。2つのシステムを別々に管理する手間がいらない設計だ。

 田端氏はさらに、回数券と定期券の中間にあたるようなサービスなど、ICとクレカ乗車の「融合」を構想していると明かした。どちらかを選ぶのではなく、組み合わせて利用者の選択肢を広げる。600万枚の基盤を持つニモカだからこそ取れるアプローチだ。

ニモカが構想する「サービスの融合」。回数券と定期券の中間にあたる領域で、ICとクレカ乗車を組み合わせる(ニモカ発表資料より)

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