では、スポットワーク協会が労務管理に対する考え方を修正したことにより、利用企業やワーカーにはどのような変化が求められるのでしょうか。結論から言えば、新たに求められることはありません。なぜなら、法制度自体は変わっていないからです。
中には、考え方の軌道修正により「今後はキャンセルすると休業手当を支払わなければならなくなる」とボヤく利用企業の声もあるようですが、そもそも休業手当は、本来支払う必要があるものでした。
短時間労働サービスにはスポットワークの他、Uber Eats(ウーバーイーツ)のように「ギグワーク」と呼ばれる業務委託契約のサービスや、労働者派遣の許可事業者が提供する「日雇い派遣」などがあります。これらのサービスと自社で直接採用する場合を比較すると、構造の違いが見えてきます。
自社で直接採用する場合、仕事紹介、雇用責任、休業手当の支払い義務などは全て自社が負います。日雇い派遣の場合であれば、それらは全て派遣事業者が負うことになります。ギグワークの場合は、実態が雇用と変わらないケースでない限り、雇用契約が発生しないため、企業には雇用責任も休業手当の支払い義務も生じません。
一方、スポットワークの場合、スポットワーク事業者は仕事紹介のみにとどまり、雇用責任と休業手当の支払い義務は利用企業が負います。この責任区分は、スポットワーク事業が始まった当初から不変です。仕事紹介と雇用責任が分離している点に、スポットワークをめぐる制度運営上の根本的な課題があります。
スポットワーク協会が労務管理上の考え方を修正したことによって「今後はキャンセルしづらくなる」などと考える利用企業が現れるようなことがあれば、誤解を招く余地があったと言えます。
直接採用していれば支払うのが当然なのに、スポットワークを利用した場合には休業手当を払わなくて良いと考えていたとするならば、利用企業側の認識が十分でなかったと指摘されてもやむを得ません。
一方で、スポットワーク事業者の説明にも課題が残ります。例えば「24時間前までであれば、求人掲載ミスであっても休業手当の支払いなしでキャンセルできますよ」と、営業の中で説明しているスポットワーク事業者がいたとしたら、利用企業に誤解を与えた恐れがあります。
利用企業が「スポットワークなら休業手当を支払わなくて済む」と誤解していた場合、これまで直前キャンセルされても「仕方ない」と泣き寝入りしていたワーカーに、正当に休業手当が支払われるようになることが見込まれます。
従来は受け取れなかった手当が受け取れるように見えますが、実際には直接採用や日雇い派遣であれば受け取れたはずの手当がもらえるだけです。当たり前の状態に戻ったに過ぎません。
スポットワーク事業者から出された解約可能事由は、利用企業やワーカーに大きな影響を及ぼしている可能性があります。中には、面接などをせずに先着順で就労が決定する求人にもかかわらず、ワーカーが出勤して情報を読み込むなどの対応をするまで労働契約が締結されないという、独自の見解で運用していたスポットワーク事業者もありました。
スポットワーク事業者が独自に見解を示すと、行政が出した見解と同等の意味を持つかのように誤解されてしまいかねません。すると、事業者側が参考までに出しただけの考えが一定の影響力を持ってしまい、不利益を被る人が出る事態が起こり得ます。
「ワーカー側もドタキャンすることがあるのだから」と、出勤時間を労働契約開始時間と見なす考え方に理解を示す声も聞かれます。しかし、出勤前のワーカーにキャンセルという概念が用いられている時点で、出勤前に労働契約が成立しているという認識が前提にあるとも考えられます。
「事業者の独自見解に異議を唱えると評価が下がるのではないか」とワーカーが不安を感じるような運営は、不当に萎縮を招く恐れがあります。
そんな強い影響力を持ち得るにもかかわらず、雇用者責任は負わないという力関係の歪さに、スポットワークという事業モデルの最大の課題が潜んでいます。違法とされる労働者供給に該当する懸念があることは、過去に書いた記事(「手軽さの代償 休業手当トラブルが映す、スポットワークの構造的リスク」)でも指摘した通りです。
一方で、スポットワークはとても便利であり、幅広い層にとって活用しやすい魅力的なサービスに違いありません。大いなる可能性を秘めたサービスが、誰もが安心して使える健全な社会インフラへと成長していくのか、それとも事業モデル上のリスクが大きくなり、悪用が広がって利用そのものが揺らぐのか、まさに今、その岐路に立たされています。
業界の未来は、事業者だけでなく、利用企業やワーカーも含めた関係者全体が、このサービスを健全に育てていけるかにかかっています。
ワークスタイル研究家。1973年三重県津市生まれ。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者、業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員の他、経営企画・人事・広報部門等の役員・管理職を歴任。所長として立ち上げた調査機関『しゅふJOB総研』では、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ5万人以上の声を調査。レポートは300本を超える。雇用労働分野に20年以上携わり、厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。NHK「あさイチ」「クローズアップ現代」他メディア出演多数。
現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構 非常勤監査役の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。
手軽さの代償 休業手当トラブルが映す、スポットワークの構造的リスク
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