400床からスタートした栽培拠点は、その後いくつかの段階を経て拡大していった。
ビニールハウスでは冬季の温度管理が難しく通年栽培ができないと知り、ハウスからプレハブに移行。1000床規模に拡張した。きくらげ栽培の適温は25度前後で、一定の温度を下回ると、成長が止まる。成長過程では二酸化炭素も発生するため、濃度を測りながら換気を行う必要がある。スプリンクラー形式の自動散水装置も自作し、外気を加熱して室内に導入する暖房設備を設置。人手に頼らず管理でき、安定供給できる体制を整えた。
さらにその後は空き家に着目。埼玉県桶川市の一軒家を借りて3000床の稼働を開始。過去最大時には、複数拠点の合計で約5000床、3カ月で約5トン(年間約12トン)を生産する体制を整えた。
販路開拓の営業はほとんど行わず、近隣スーパーや飲食店、さいたま市内の小中学校の給食、JAの直売所、道の駅など、全て知人の紹介を起点としたつながりで広げていった。
体制面では、きくらげ事業専任の従業員を1人採用し、出荷作業を行っている。配送は自社保有のトラックで実施。乾燥きくらげの製造は自社で行い、ロスとなる部分は「きくらげラー油」としてOEM加工を実施。以前は複数商品を展開していたが、小ロットだとコストがかさむため、加工品は現在1商品のみで展開中だ。
「タクシー事業として地域で積み上げてきた信頼と人脈が、そのまま販路になりました」と清水氏。現在の販売比率は卸が約8割、会社での直売とECで2割のバランスだ。自社タクシー車両には「あの日のはごたえ」の広告を貼り、走る広告塔としても活用している。
順風満帆のように見えるが、事業を展開する中で苦難も多かった。最大の打撃は、菌床に混入した「アカパンカビ」だった。当初は菌床の仕入れ先が1社だったため、汚染が発覚した時にはきくらげが全滅した。補償はしてもらったが、売り上げを補える水準ではなく、収穫ゼロの期間が2年近く断続的に続いた。
「きちんと利益が出ても、翌月にトラブルがあると簡単にひっくり返る。累計すると赤字になった時期もあります」。この経験から、現在は仕入れ先を複数に分散させてリスクをヘッジしている。菌の混入は菌床業者でも完全に防ぐことが難しく、前提としてリスクを織り込む必要があるという。
2025年末には3000床規模の空き家拠点が火災で全焼。清水氏はすぐに近隣で借りていたビニールハウスを全面活用して棚を作り直し、代替の3000床体制を確保した。現在は自社の駐車場のプレハブ1000床と合わせて、4000床規模で稼働している。
きくらげ栽培は参入障壁が低い一方で、安定して収穫し続けることは容易ではない。菌床1床当たり約1キロの収穫が見込めるものの、全てがそのまま売り上げになるわけではない。生育不良や規格外品などにより、実際の歩留まりは変動する。
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