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リテールメディアに潜む“ウソ”の正体 「ROASは高いのに売り上げが伸びない」のはなぜか? がっかりしないDX 小売業の新時代(1/3 ページ)

» 2026年04月24日 06時00分 公開
[郡司昇ITmedia]

連載:がっかりしないDX 小売業の新時代

デジタル技術を用いて業務改善を目指すDXの必要性が叫ばれて久しい。しかし、ちまたには、形ばかりの残念なDX「がっかりDX」であふれている。とりわけ、人手不足が深刻な小売業でDXを成功させるには、どうすればいいのか。長年、小売業のDX支援を手掛けてきた郡司昇氏が解説する。


 Amazonの広告収入は2025年に686億ドル(約10.3兆円)に達し、前年比22%成長となりました。

 また、BOPIS(Buy Online Pick-up In Store:ECで購入した商品を実店舗で受け取る仕組み)の利用拡大でEC売り上げが伸びている米Walmartのリテールメディア事業「Walmart Connect」は64億ドル(約9600億円)で前年比46%成長、小売業全体の売り上げ成長率の6倍のペースで伸びています(※)。

※:Marketplace Pulse「Walmart's Advertising Revenue Is Outpacing Amazon's」

 数字だけ見れば大成功です。ところが広告を出稿するメーカー側から、奇妙な声が漏れ始めました。

 「ROASは高いのに売り上げが伸びない」──。

 ROASとはReturn on Ad Spend、広告費1ドルあたりの売り上げを示す指標です。この数字が高ければ「広告は効いている」はず。しかし2000超のブランドにリテールメディア運用を提供する米CommerceIQ社の担当副社長は、2026年のカンファレンスでこう断言しました。

 「ROASは簡単に操作できる。なぜなら、最終的には既に検索ランキングが高い場所に広告を掲載することで費用を節約できるからです」

 パフォーマンスの印象は本物。しかし、その背後にある増分収益には、しばしば“ウソ”が紛れているケースがあります。

 本連載では以前、リテールメディアがうまくいかない理由を解説しました(日本のリテールメディアが攻めあぐねる、3つの理由)。今回はその延長線上で、リテールメディアの効果測定が構造的に抱える欠陥を明らかにします。

 結論を先に言います。商品データ基盤なきリテールメディアの成果報告は、砂上の楼閣です

著者プロフィール:郡司昇(ぐんじ・のぼる)

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20代で株式会社を作りドラッグストア経営。大手ココカラファインでドラッグストア・保険調剤薬局の販社統合プロジェクト後、EC事業会社社長として事業の黒字化を達成。同時に、全社顧客戦略であるマーケティング戦略を策定・実行。

現職は小売業のDXにおいての小売業・IT企業双方のアドバイザーとして、顧客体験向上による収益向上を支援。「日本オムニチャネル協会」シニアフェロー Nextリテール分科会リーダーなどを兼務する。

公式Webサイト:小売業へのIT活用アドバイザー 店舗のICT活用研究所 郡司昇

公式X:@otc_tyouzai、著書:『小売業の本質2025DX


ROASは「すでに釣れた魚」を数えている

 ECサイトで「ブランド名+商品名」を検索した人に、その商品の広告を表示します。当然商品は購入され、ROASは跳ね上がります。しかしこの人は、広告がなくても買った可能性が極めて高いです。

 このようにROASの一部は「広告の効果」ではなく「もともと買うつもりだった人の購買行動」を計測しています。

 各プラットフォームが好成績を報告。しかし、広告出稿主が全社の成果を合算すると、実際の売り上げ増分を大幅に超えている──。小売企業が購買データを持っているがゆえに「広告→購買」の因果があたかも証明されているように見える。これこそがリテールメディア特有のワナです。

「広告による純増効果」を測る3つの手法

 ROASの限界を超える概念として米国で急速に注目されているのがIncrementality(インクリメンタリティ:純増効果)です。広告を見た結果として初めて発生した売り上げだけを抽出する方法で、その手法は主に3つあります。

A/Bテスト

 広告を表示するグループと非表示グループに無作為分割し、購買差を比較します。最も信頼性が高い手法です。

地理的ホールドアウト

 特定地域で広告を止め、他地域と比較します。

回帰モデル

 過去の購買・季節・販促歴から「広告なし」の仮想売り上げを推定します。

 インクリメンタリティの概念は明快ですが、普及には時間を要しています。

 米Skai社と米Path to Purchase Instituteの共同調査によれば、普及を阻む壁は複合的です。

 消費財ブランドの36%が「純増効果の証明が困難だった」と回答しています。最大の障壁は「測定結果の正確性・信頼性への懸念」で44%、以降は「広告種別・ターゲティング手法・小売企業をまたいだ横断適用の難しさ」が43%、「ツールや技術の不足」が41%、「標準化の欠如」が37%と続きます。

 NRF 2026で、ファッションブランド米Steven MaddenのDTC部門社長Josh Krepon氏が「ROASを広告費用対効果と呼ぶのをやめた。今は単なる広告費に対する収益だ」と発言するなど、ROASの限界は業界リーダー層の共通認識になりつつあります

 米Stratably社のレポートでは、リーディングブランドのうち「インクリメンタリティの測定が得意である」と自己評価したのは21%にとどまります。

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