米Metaの元チーフAIサイエンティストで深層学習の第一人者として知られるヤン・ルカン(Yann LeCun)氏が、新たなAI研究所「Advanced Machine Intelligence」(AMI)を設立し、約10億3000万ドル(約1500億円)のシード資金を調達した。
欧州では過去最大級のシードラウンドとされる。企業価値は約35億ドル(調達前評価)と報じられている。
CEOには医療AI企業の仏Nablaの元CEOであるアレクサンドル・ルブラン(Alexandre LeBrun)氏、最高科学責任者(Chief Science Officer)には元英Google DeepMind研究者のサイニング・シエ(Saining Xie)氏が就任。投資家には仏Cathay Innovation、米Greycroft、独HV Capital、英Hiro Capital、米Bezos Expeditionsなどが名を連ねた。
AMIの狙いは明確だ。現在のAIの主流である大規模言語モデル(LLM)の延長線ではなく「世界モデル」と呼ばれる新しいAIアーキテクチャを開発することにある。
米Metaの元チーフAIサイエンティストで深層学習の第一人者として知られるヤン・ルカン(Yann LeCun)氏が、新たなAI研究所「Advanced Machine Intelligence」(AMI)を設立(Metaの米国本社、以下写真提供:ゲッティイメージズ)ルカン氏は以前から、LLMのような「次の単語を予測するモデル」だけでは人間レベルの知能には到達しないと主張してきた。
その代替として同氏が提唱しているのが「Joint Embedding Predictive Architecture」(JEPA)と呼ばれる構造だ。これは膨大な言語データではなく、映像、センサー情報、物理世界のデータなどから学習し、AIが世界の構造を内部モデルとして理解することを目指すものだ。
AMIはこの技術を基盤に、ロボティクス、製造、交通、医療といった「現実世界で行動するAI」を開発する計画だという。
ルカン氏は2026年2月に公開した論文「AI Must Embrace Specialization via Superhuman Adaptable Intelligence」で、現在広く使われる「AGI」(汎用人工知能)という概念にも疑問を呈している。
同論文では、人間の知能自体が本来は汎用ではなく専門的能力の集合だと指摘。AGIの代わりに「Superhuman Adaptable Intelligence」(SAI)という概念を提示した。これは「特定のタスクでは人間を大きく超える能力を持ち、必要に応じて素早く適応できる知能」を指す。
ルカン氏は2月に公開した論文「AI Must Embrace Specialization via Superhuman Adaptable Intelligence」で、「AGI」(汎用人工知能)という概念にも疑問を呈している今回のAMI設立は、AI研究が新たな競争段階に入ったことを象徴している。現在のAI開発は大きく三つの方向に分かれつつある。
第1は米OpenAIや米Anthropic、Google DeepMindなどが進める「LLMスケーリング路線」。巨大モデルと計算資源を使い、言語能力を拡張する戦略だ。第2はルカン氏が掲げる「世界モデル路線」。物理世界を理解するAIを構築するアプローチである。第3は、最近注目されている「AIエージェント路線」。AIが自律的に仕事を行うシステムの開発だ。
生成AIブームをけん引したLLMだが、物理世界の理解、長期計画、因果推論といった能力には依然として限界がある。そのためAI業界では現在、LLMの次のアーキテクチャを模索する動きが強まっている。
AMIへの巨額投資は、投資家たちがすでに「ポストLLM」を見据え始めていることを示す出来事とも言える。ただし、世界モデルが本当に次世代AIの中心になるかどうかはまだ不透明だ。現時点では、多くの研究者が「LLMを基盤にしながら世界モデルを統合する」というハイブリッド型の進化を予想している。
それでも今回のAMI設立は、生成AIの次の時代をめぐる競争がすでに始まったことを示す象徴的な出来事と言えるだろう。AI研究は今「LLMの時代」から「ポストLLM戦争」の時代へと入りつつある。
本記事は、エクサウィザーズが法人向けChatGPT「exaBase 生成AI」の利用者向けに提供しているAI新聞「『ポストLLM戦争』が始まったヤン・ルカン氏、新AI研究所AMIで10億ドル調達」(2026年3月16日掲載)を、ITmedia ビジネスオンライン編集部で一部編集の上、転載したものです。
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