「客の金庫から現金を窃盗」 前代未聞の事故が起きても、なぜ三菱UFJは「貸金庫業」を頑なに続けるのか(1/4 ページ)

» 2026年05月22日 05時00分 公開
[大関暁夫ITmedia]

著者プロフィール・大関暁夫(おおぜきあけお)

株式会社スタジオ02 代表取締役。横浜銀行勤務時代、全銀協へ出向した際はいわゆるMOF担として、現メガバンクトップなどと行動を共にして政官界との調整役を務めた。06年に支店長職をひと区切りに退社、現在は金融機関、上場企業、ベンチャー企業のアドバイザリーとともに情報通企業アナリストとして活動している。


 利用者を震撼(しんかん)させた三菱UFJ銀行・貸金庫窃盗事件の二審判決が出ました。顧客の現金や金塊などを盗んだ元女性行員に対する「懲役9年」の一審判決が支持され、控訴は棄却されました。被告人は上告せず、本件は司法的に一応の決着を見たと言えます。

出所:ゲッティイメージズ

 本件は信用を旨とする銀行において、貸金庫で保管されていた顧客資産が1人の行員によって大量に盗まれていたという、衝撃的なものでした。被害総額は十数億円と巨額に上っています。みずほ銀行でも同様の不祥事が発覚し「銀行に預けていれば安全」という常識を裏切る事件が相次ぎました。このようなこともあるので、本件に関しては司法の判断以上に原因究明と今後の対応策の在り方が注目されるところです。

日本では戦後に定着した「銀行の貸金庫」

 まず、銀行が貸金庫業務を手掛けることになった経緯を整理します。

 銀行の貸金庫サービスは19世紀後半に米国で始まったとされ、これを受けて日本では明治末期から大正期に一部の銀行で取り扱いがスタートしています。第二次大戦後、火災や震災、あるいは戦災などから、証券類や貴金属などの資産を守る銀行のサービス業務として定着していったのです。

 銀行に勤務していた筆者の記憶では、1980年代まで貸金庫はいわゆる優良顧客向けの限定的なサービスとして位置付けられ、申し込みに際しては「定期預金の取引が数百万円以上」など一定の審査基準がありました。

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