この「スキルベース組織」のイメージを、プロサッカーチームのマネジメントに例えて考えてみましょう。
皆さんがプロサッカーチームの監督だと想像してみてください。チームの目標は「試合に勝ち、リーグで優勝すること」です。これは、企業に例えれば「業績を上げ、ビジョンを達成すること」に相当すると言えるでしょう。この目標を達成するために、監督である皆さんは、何を基準に選手を起用するでしょうか。
「彼は入団10年目のベテランだから」という年功序列だけで、重要なポジションを任せるでしょうか。これはメンバーシップ型的な発想です。あるいは、ジョブ型的な発想で「彼はフォワード(FW)として採用したから、何があってもFWでしか起用しない」とかたくなに決めてかかるでしょうか。おそらく、どちらも違うはずです。有能な監督は、そんな硬直的な考え方はしません。
優れた監督は、まず選手一人一人が持つ「スキル」に着目します。「彼はドリブル突破力が高い」「彼女は正確な長距離パスが出せる」「彼はチームを鼓舞するリーダーシップに長けている」といった具合に、選手の能力を詳細に把握します。
そして、対戦相手の特徴(外部環境)や、自チームが目指す戦術(戦略)に合わせて、その瞬間に必要なスキルを持った選手を組み合わせ、最適なフォーメーション(組織構造)を設計します。
試合が始まれば、状況は刻一刻と変化します。その変化に応じて、監督は選手の配置や役割を柔軟に変更します。現代のサッカーでは「FWだから守備はしなくていい」という考え方は通用しません。状況に応じて複数の役割をこなせる、多様なスキルを持つ選手が重宝されます。
また、強いチームは選手の評価も明確です。チームの勝利に貢献した「スキル」と「パフォーマンス」が正当に評価され、報酬に反映される。だからこそ選手は、自らのスキルを磨くことに集中し、成長を続けられます。さらに、強いチームには、選手に伴走するコーチ陣の存在も不可欠です。システム任せにせず、マネジャーとメンバーが密に対話してこそ、個人の成長と組織の成果がリンクするのです。
翻って、皆さんの会社はどうでしょうか? ビジネスは、かつてないほど複雑になり、変化のスピードも速くなっています。その中で、社員一人一人がどのようなスキルを持っているのか、正確に把握できているでしょうか。経営戦略や市場の変化に応じてダイナミックに人材を再配置できていますか。「あの人は営業部だから」「この仕事は企画部の役割だから」といった、部署や役職ごとに分断された“サイロ化”の壁に阻まれて、せっかくのスキルを生かし切れない――そんな状況にありませんか。
多くの企業では、社員の持つスキルが「見えない」状態になっています。これでは、変化に対応できる強い組織を作ることはできません。「スキルベース組織」は、まさにプロサッカーチームのような、目的志向で柔軟性の高い人材マネジメントを企業経営で実現するためのアプローチです。
このようなダイナミックな組織運営を、大企業はどのように実装しているのでしょうか。ここで、テクノロジーと人事制度の掛け合わせにより、スキルベース組織の実践を進めている医療機器メーカー、テルモの事例を紹介します。
同社は、グループ共通で重要スキルやデジタル人材の役割を定義し、スキルの可視化から採用・育成・配置へとつなげる一連の取り組みを進めています。その中核ツールとして2024年度に導入したのが、AI搭載のオンラインプラットフォーム「Terumo ONE Connect」です。
Terumo ONE Connectでは、社員が自身の職務経験やスキル情報を登録すると、AIがその情報を読み解き、グループ内で適したポジションやプロジェクトを自動でレコメンドします。学習機会やネットワーク参加の機会も提案されるため、社員は自律的に関心のあるポストへ手を挙げることが可能になります。日本経済団体連合会(経団連)の事例集でも「社員のスキルや経歴を反映した社内版LinkedInのような仕組み」と紹介されています。
特筆すべきは、国や組織の垣根を越えた「クロスボーダー」な人材流動です。グループ横断でのポジション公募に加えて「異動を伴わない短期プロジェクト参画」の仕組みも備わっています。
これはサッカーで言えば、自分のメインポジション(本務)を守りながらも、状況に応じて別の役割(プロジェクト)も柔軟に兼任するような機動力です。試験導入期間だけでも、3件のポジション異動と33件のプロジェクトでのメンバー獲得が実現しており、プラットフォーム上のネットワーキング機能を通じて、全世界で専門性を持つ社員同士の交流が841件生まれました。
スタート時はR&D部門・人事部門を対象としていましたが、その後、IT部門や経理財務部門などにも拡大され、2025年3月時点でグループに所属する約7000人が活用可能になっています。2026年度末には1万人をカバーする計画だといいます。
また、同社の強みは、このような先進テクノロジーを活用したタレントマーケットプレースを「システムを入れて終わり」にしていない点にあります。
サッカーにおいて名将が選手との対話を重んじるように、テルモでもマネジャーによる「人を通じた支援」を徹底しています。年2回の評価フィードバックや年1回のキャリア面談に加え、月1回程度の1on1を通じて、部下の業務経験の振り返りやキャリアの悩みに耳を傾け、成長を後押ししているのです。
さらに人事部門も、プラットフォームに頼り切るのではなく、職務記述書の開示や公募制による「ジョブ型人事制度」の導入をはじめ、副業解禁、戦略的要員計画や「テルモDXカレッジ」といった育成施策を組み合わせています。
ジョブ型制度という土台の上に、AIによるスキルの可視化と流動性を掛け合わせることで、ジョブ型の弱点である「硬直化」を防ぎ、社員の「キャリア自律」と「適材適所」を有機的に支えるエコシステムを構築しているのです。
ジョブ型移行で求められる「会社依存」からの脱却 自立するための3つのヒント
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