先日、猛烈な暴風雨を伴う台風6号が関東に最接近すると予想された際、Xである投稿が話題になりました。
どうやらこれは会社員「あるある」のようで、ビジネスパーソンたちの悲痛と怒りが爆発。
「台風で全線運行見合わせが分かっている状態でも『明日は出社だ。休んだやつは無断欠勤な』と役員がメールを送った会社もあった」
「面接での『あなたらしい服装でお越しください』と同じ」
「大雪で交通網が麻痺しているのに、部長は徒歩で出勤して、社長がそれを『社員の鑑(かがみ)』と褒めたたえていた」
「『各自の判断で』という連絡ほどこの世で恐ろしいものはない」
「命と安全を人事評価の材料にしないでほしい」
などなど、共感、批判、異論(オブジェクション)が相次ぎました。
むろん、どんな状況でも出社や出勤をしなくてはならない人たちはいます。医療や介護の現場などで働く人たちは本当に大変です。
コロナ禍以降、日本のリモートワークのインフラは、急速に整備されたはずです。なのに、気象庁が散々警戒を呼びかけ、航空会社が続々と欠航を決め、鉄道会社が計画運休する状況下で「何が何でも出社=美徳」と盲信する人がまだいるとは、絶望としかいいようがありません。しかも「各自の判断」という言葉の裏には「社員の判断で休んだ場合、会社は日給を払わなくていい」というルールが適応できるずる賢さがある。
要するに、私たちがこの数年間で手に入れたはずの「多様で柔軟な働き方」がいかに脆く、表面的なものであるかを物語っています。そして、この現実こそが、日本企業に深く根を張る「同質病」という名の、きわめて深刻な組織病理の表れなのです。
同質病とは、平たく言えば「全員が同じ行動をとることを美徳とし、そこから外れる者を無言のうちに排除・冷遇する文化」のこと。この病理は「空気を読む力」や「暗黙のルール」という名のもとに、私たちの体に深く染み付いています。
例えば、数年前まで日本の会社員は、台風でも、地震でも、電車が止まっていても「何が何でも出社」する姿が、風物詩のようにテレビ画面に映し出されていました。
待てど暮らせど車が来ないタクシー乗り場に長蛇の列を作り、傘の骨が折れ、突風で飛ばされそうになりながらも出社する。「5時間かかりました」と出社した自分を褒めるように語り、「大事な会議があるので」と自分の犠牲を正当化。同質病の重症者の中には「社畜で頑張っています!」などと自称する人までいたほどです。
あの頃と比べれば、今はましです。しかし、日本の「同質病」の異質さは、欧米諸国の悪天候時における企業対応と比較すると、より鮮明です。欧米諸国では、そもそも「上司や同僚が出社しているから、自分も行く」という発想自体が存在しません。阿吽(あうん)の呼吸や忖度(そんたく)といった言葉もありません。
最大の違いは「Safety First」(安全第一)の徹底度合いと、それに伴う法的・経済的リスクです。欧米では、ハリケーンや大雪などの際、公的機関から出される「不要不急の外出禁止令」に背いて従業員に出社を強要し、万が一通勤途中で事故が起きれば、企業は多額の損害賠償訴訟に直面します。
一方、医療、警察、インフラなど、災害時でも現場に行かなければならないエッセンシャルワーカーの場合は、相応の手当や安全対策が完全に保障されています。
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