「AIモデルに依存するな」――そう言い始めたのが、AIに世界最大級の投資を続ける米Microsoftのトップだとしたら、聞き流すわけにはいかないだろう。
サティア・ナデラ(Satya Nadella)CEOが6月14日にXに投稿した長文エッセー「エコシステムなきフロンティアは安定しない」は、閲覧数6600万を超え、世界の経営層やAI業界関係者の間で大きな議論を呼んだ。
その約2週間後の6月30日、今度はデータ分析大手の米Palantir Technologies(以下Palantir)がXに9項目の「AI主権」マニフェストを掲げ、翌7月1日には同社CEOのアレックス・カープ(Alex Karp)氏がテレビ番組で「企業経営者たちは激怒している」とまくし立てた。
米国のエンタープライズAIを巡る言論空間で「AIモデル大手に主導権を渡すな」の大合唱が始まっている。
ナデラ氏のエッセーの核心は、AI時代の企業は「2種類の資本を並行して育てなければならない」という枠組みの提示にある。
一つは「人的資本」。社員の知識、判断力、人間関係、創意、そしてパターン認識力だ。もう一つが同氏の造語である「トークン資本」。企業が自ら構築し、所有するAI能力を指す。
借り物のモデルをそのまま使う能力ではなく、自社のワークフローやドメイン知識をAIシステムに組み込み、自社専用の評価基準や強化学習で磨き込んだ「自社だけのAI能力」のことである。
本当の勝負所は、この2つの資本を複利で増やしていく「学習ループ」の構築にあると、ナデラ氏は説く。「本当の機会は、最良のモデルを選ぶことではない。モデルの上に、人的資本とトークン資本が複利で増えていく学習ループを築くことにある」。同氏はこの学習ループこそが「企業の新しい知的財産」だと言い切る。
そして企業が主導権を保てているかどうかの判定基準として、印象的なテストを示した。汎用(はんよう)モデルを別のものに交換しても、学習システムに蓄積されたベテラン社員のような専門知識が失われないかーーこれができる企業は、モデルに依存していない。できない企業は、すでに主導権を明け渡している、というわけだ。
エッセーの後半は、警告に転じる。「誰も望まないのは、あらゆる業種のあらゆる企業が、目にしたものを何でも食べてしまう少数のモデルに価値を明け渡していく世界だ」。 少数のフロンティアモデルが各業界の専門知識を吸収し、コモディティとして売り直すようになれば、産業の空洞化が起きる。同氏はこれを、グローバル化の第一波が製造業経済を空洞化させた歴史になぞらえ「GDPの数字は表面上問題なく見えたが、雇用の喪失は現実であり、その傷跡は今も残っている。あの力学をAI時代に持ち込んではならない」と訴えた。
さらに「全ての価値が少数のモデルに集まれば、政治経済がそれを許容しない。産業を丸ごと空洞化させるAIの未来に、社会からの許しは下りない」とまで踏み込んでいる。
処方箋として同氏が掲げるのが「フロンティアモデルではなく、フロンティアエコシステム」の構築だ。
全ての組織が自らの学習ループを所有し、価値が特定のモデル提供社ではなく、あらゆる企業、産業、国に広く流れる世界である。エッセーにはこんな一文もある。
「作業はAIに任せられる。仕事を丸ごと任せることもできるだろう。だが、学ぶことだけは誰にも任せられない」。AIに仕事を任せることと、自社の学びを手放すことは違う。エッセーが6600万回読まれた理由は、この一文に集約されているのかもしれない。
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