自治体DX最前線

AI時代の「自治体Webサイト」の在り方とは? 「3クリックルール」と「市民に探させる」からの脱却(2/3 ページ)

» 2026年08月20日 07時00分 公開
[川口弘行ITmedia]

正確性を守る「データ」と「ドキュメント」の分離

 Webサイトの表側のUIが対話型へと進化するなら、その裏側で何が起きるべきでしょうか。ここが技術的に最も重要な論点です。

 行政の情報は、1文字の違いや解釈の揺れが「市民の手続き不備」や「不利益」に直結する場合があります。本来、生成AIを使ったチャットサービスのように「AIの知見で自由に回答させる」アプローチは、行政においては極めてリスクが高いと言えます。AIが条例や要綱を「要約して言い換える」こと自体が、行政文書においては正確性を損なうリスクがあるからです。

 この問題に対処するため、コンテンツを明確に「データ」(構造化情報)と「ドキュメント」(公式規範)に分離し、それぞれに対するAIの役割を変える設計が進んでいます。

 データとは、開庁時間、手数料、ゴミの分別ルール、対象年齢、支給額など、情報が一定のフォーマットに沿って規則的に管理されているものです。これらをAIがデータベースから参照し、数値や条件をそのまま返します。AIの役割は抽出・照合・計算であり「解釈」は含みません。

 一方ドキュメントとは、条例、要綱、申請マニュアル、公式な手引きなどのことです。これらに対するAIの役割は「原文の提示と検索」のみです。AIは内容を解釈して言い換えるのではなく、該当する公式ドキュメントの該当箇所をそのまま表示し、引用元としてリンクを提示します。

 行政の回答は「AIによる分かりやすい案内」(概要)と「根拠となる公式ドキュメント」(原文へのリンク)を必ずセットで提示する形が重要になります。市民にとって分かりやすく、かつ正確性を担保しやすい。この両立を実現するのが「データとドキュメントの分離」です。

自治体に必要なのは、再現性のあるAI活用

 「コンテンツの分離設計」(データとドキュメントの分離)を技術的にどう実現するか。ここで多くの人が思い浮かべるのがRAG(検索拡張生成)という仕組みでしょう。あらかじめ用意した文書やデータから関連情報を検索し、それを基に回答を生成する――つまり、AIの自由な創作を制限し、用意した根拠に基づかせる技術です。

 現在、RAGといえば多くの人は「ベクトルRAG」(ベクトル検索)を想定するかと思います。参照させる文書をいくつかの文章の断片(チャンク)に分割し、それぞれにベクトル化(embedding)した上で、質問との意味的な類似度を基に検索結果を返すような仕組みです。

 このベクトルRAGは、文書の「意味が近い部分」を拾い上げるのは得意ですが、行政が求める高い正確性を担保するには十分な精度が得られにくい、という指摘が増えています。意味が近いだけで、必ずしも正確な該当箇所を返せるとは限らないのです。また、断片化されたチャンクには時間の情報が検索結果に十分反映されない場合があります。古い文章も新しい文章も、検索条件によっては同じように候補として扱われることがあるのです。

 以前の記事で、自治体DXを「サイエンス」(再現性)と「アート」(暗黙知)の観点から考えたことがありました。サイエンスは一定の法則性に基づき再現性のある取り組みであり、アートは属人的要素を持つ不確実性を伴う取り組み、と整理しました。

 この「再現性」という観点で見ると、ベクトルRAGの問題が分かります。ベクトルRAGは「意味が近い文書を拾う」ため、同じ質問に対して常に同じ結果が返されるとは限りません。検索結果が揺らぐなら、それに基づく回答も揺らぎます。つまり、再現性を得にくいのです。

デジタル庁の「MCP検証」に見る行政AIの可能性

 こうした中、実験段階ではありますが、全く異なるアプローチが登場しています。

 デジタル庁が公開した記事に興味深いものがあります(参照:行政手続等調査データ(約75000件)をMCPで自然言語分析可能に)。

 ここで紹介されているのは、同庁が公表する行政手続きなどの調査データ(約7万5000件)を対象に、MCP(Model Context Protocol)という仕組みを使って自然言語での分析を可能にする技術検証です。

 この技術の実装のポイントは、約7万5000件のデータをLLMに直接読み込ませて分析させるのではなく、LLMには検索・集計条件の指定を担わせ、実際の計算はサーバ側で実行する点です。AIがデータを「読んで解釈する」のではなく、自然言語の質問を構造化された問い合わせ文(クエリ)に変換し、サーバが正確に計算した結果を返す。さらに、項目の意味、コード値、欠損の扱い、指標の計算方法を定義ファイルで明示し、データの誤読や不適切な集計を抑制しています。

 これは「再現性」の観点からも重要です。同じ質問に対して、同じクエリが組み立てられ、サーバ側で同じ計算が実行される。AIが解釈する機会自体を設計から排除しているため、結果の揺らぎを構造的に抑えられます。

 ベクトルRAGが「AIに文書を読ませて回答を作らせる」アプローチだとすれば、デジタル庁のMCP実装は「AIにはクエリの組み立てをさせ、計算は人間が定義したルール通りにサーバ側で実行する」アプローチです。

 前者が「AIの判断に依存する割合が大きいアプローチ」だとすれば、後者は「AIの判断範囲を限定し、ルールに基づく処理を組み合わせるアプローチ」です。サイエンスとアートという観点から見れば、後者はよりサイエンスに近い設計と言えるでしょう。行政情報を扱う上では、どちらが適しているかは明らかです。

 技術の詳細は専門領域になりますが、重要なのは「AIに文書を解釈させるか、させないか」という設計思想の選択が、自治体の情報提供の正確性を左右するということです。

photo02 2つのAI活用のアプローチを「サイエンス」と「アート」の観点で考えると?

 補足すると、このデジタル庁の取り組みは技術検証であり、実際のWebサイトやサービスで使われているものではありません。「動く」ということと「使える」ということには大きな隔たりがあるのです。

 この隔たりは何によって生じているのでしょうか? 仕組みが成立するためには、問い合わせに対して再現性を保証するデータが必要になるのです。つまり、足りないのはAIが正しく扱える形にデータを整える「データの標準化・構造化」なのです。

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