では、規制の線引きが変わった場合、何が起きるのか。現時点では仮説の域を出ないが、輪郭は見えてくる。
例えば法務担当者を置かない中小企業向けの契約書チェックサービスは、検討の余地があるだろう。賃貸借契約、業務委託契約、雇用契約。締結を求められている書面を前に、専任の法務がいない企業が弁護士に相談するには、費用も時間も見合わないことが多い。
契約書にサインする前の段階では、まだ紛争は発生していない。相手方との対立もなければ、主張すべき権利も具体化していない。契約書を撮影すれば不利な条項を指摘してくれるといった機能があると仮定して、その内容がどこまで踏み込めば非弁行為になるのかが明確になれば、弁護士のいない法人でも役に立つサービスが作れるようになることだろう。
線の“きわ”に立つのが判例検索・要約サービスではないだろうか。
利用者が自分の状況を入力すると、似た事案の判例を探して要約する。技術的にはすでに実現可能で、膨大な文字を分析するAIの得意分野でもある。
企業から見れば、新しい取引形態を始めるとき、労務トラブルの方針を決めるとき、過去に同種の争いがどう判断されたかを知る作業は、これまで外部の弁護士に照会してきた領域だ。ここを社内で完結できれば、照会にかかる費用と時間がそのまま削減される。
出力の踏み込み方によって、非弁行為となるか否かの判断が分かれるだろう。
まず、判例を探して要約するだけの場合。判例そのものは公開情報であり「契約の有効性が争われた事案ではこうした判断がある」と示すのは、図書館の司書の仕事と変わらない。ここは情報提供の範囲に収まると考えられる。
次に「この事件は御社の状況に似ている」と判定する場合である。利用者の事情と判例を突き合わせた時点で、法の当てはめが始まっている。これは弁護士法72条が禁じる法律事務に明示された「鑑定」に該当しうる。だが、特定の当事者の具体的な紛争について法的な評価を下しているかどうかの観点では、グレーゾーンにもなりそうだ。
最後に「御社なら勝てる」「この条件なら無効を主張できる」と解釈と当てはめまで出力する場合だ。これは新たな指針でも認められにくいと考えられる。
要は、主語が「判例は」であるうちは情報提供だが「御社は」に変わった瞬間、非弁行為へと近づいていく。
新指針で線引きが明確化されれば、事業者もどこまで攻めるべきかが理解できるということだ。
厄介なのは、利用者が求めているのが「結局、こちら側が勝つか負けるか」という点にあることだ。「似た判例があります」で終わるサービスは、当事者にとって物足りない。事業者は構造的に、踏み込む誘因を抱え続ける。新指針が不適切な利用を避ける措置を求めるとすれば、この誘因をどう技術的に抑えるかが問われることになる。
そう考えると、弁護士資格を持たない事業者が法律分野に進出しても、顧客の痒いところには手が届かないことになるのではないだろうか。これまでと同様、法曹資格を有する者が事業者であるサービスに需要が収斂(しゅうれん)していくのではないかと考えられる。
ここで一つ、素朴な疑問が残る。
試しに筆者は、とある世界的に有名な生成AIチャットへ自身の経験したもめ事について自分の状況を書き出し、生成AIに「これは勝てそうか」と尋ねてみた。
AIは関連しそうな法律の条文を挙げ、過去の傾向に触れた。もちろん最後にAIに「弁護士ではないため、然るべき専門家に相談すること」とくぎを刺されたが、それでも一定の見通しらしきものまで示してくれた。
読み終えて、ふと思った。これは大丈夫なのだろうか。
AIリーガルテック協会は規制改革推進会議で「専門性のない汎用AIとのイコールフッティング(競争条件の同一化)」を問題視している。
日本のリーガルテック事業者は、非弁行為のリスクに怯えて機能を絞り込んできた。これが海外の大手汎用AIなら「おとがめなし」になるのはいかがなものか。
法律の専門サービスとして設計すれば規制がかかり、汎用の対話AIとして提供すれば事実上規制の外になる。同じ答えを返していても、看板が違えば扱いが変わる。
これは線引きの問題というより、93年前の弁護士法が想定していない状況になったというべきではないか。
国内では、不当に報酬を得る事件屋は取り締まれた。いま、その枠組みの外側には、国境も業種の別もないAIがいる。
新しい指針はどこまで実効的なものになるのか。ここからの動向に引き続き注目したい。
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