長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)
兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。
東京・渋谷を代表する2つの商業施設が、立て続けに消えようとしている。
1つ目が、9月30日に閉店する西武渋谷店だ。本店と東横店を構えていた東急百貨店も既になく、なんと大都会・東京における主要繁華街の一つである渋谷から百貨店が消滅する。東京ですら百貨店の成立が難しくなった、時代の変化を象徴する出来事だ。
西武渋谷店に続き11月に消えようとしているのが、ハンズ(旧東急ハンズ)渋谷店だ。旧東急ハンズは2022年、東急不動産ホールディングスからホームセンター最大手のカインズに売却され、その子会社となった。屋号も同年、ハンズに改名している。今回、1号店で実質的な本店である渋谷店が閉店となり、いわゆる若者文化の街としての渋谷は決定的に変質していくだろう。
渋谷は若者の街と言われて久しいが、そのイメージが形成されたのは、1968年の西武渋谷店のオープンがきっかけだったとされる。
当時の渋谷は東急の天下だった。1934年に関東初の私鉄ターミナルデパートとしてオープンした東急百貨店東横店(旧東横百貨店)と、1967年に西武進出を察知し先手を打ってオープンした東急百貨店本店が、巨大な売り上げを稼いでいた。
従来の百貨店の顧客である、ファミリーや中高年、高額所得者をターゲットとしては勝ち目がないと判断した西武百貨店(のちのセゾングループ)社長の堤清二氏は、若者や独身者をターゲットにした、百貨店の常識を破った店づくりを行った。パルコ、無印良品などをオープンすると、“イケてる若者”はこれらの店をハシゴした。
一方の東急グループも負けじと、1978年にDIYと素材という新しい切り口で東急ハンズをオープン。続けて、ファッションビルの「渋谷109」なども立ち上げ、セゾングループに流れていた若者を、一定程度引き戻すことに成功した。
つまり、ハンズは西武側に集まっていた若者たちを切り崩し、振り向かせるためにつくられた商業施設であり、西武渋谷店と並ぶ若者文化の殿堂だった。
カインズに売られた「東急ハンズ」は、なぜライバル「ロフト」と差がついたのか
相次ぐ閉店――ロフトとハンズ、巨大店舗が直面した”壁”とその“打ち手”とは?Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
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