「社長は2週間に1回ブログなんて書いて、よっぽど暇なんじゃないですか」「アシックスは給料が安すぎる」──。
2018年、数百億円規模の赤字にあえぐアシックスの社長に就任した廣田康人氏のもとに届いたのは、全社員向け社内ブログへの匿名の批判メールだった。普通なら怒り心頭に発するか、見ないふりをするような声に対し、廣田氏は正面から向き合い、一つ一つ回答を返していったという。
社長就任時は時価総額3000億円程度だった会社から、現在3兆5000億円を超える規模まで成長した。シューズ中心のメーカーのでありながら「税引き後利益1000億円」超という高収益体質へと会社を塗り替えたリーダーの原点は、意外なほど「人間味あふれる対話」と「現場主義」にあった。名グローバル企業アシックスを率いる廣田氏の思考に迫った。
廣田康人 (ひろた・やすひと)1980年に三菱商事に入社、広報部長を経て、2010年に執行役員総務部長、常務執行役員、関西支社長。2018年にアシックスに顧問として入社、22年に代表取締役CEO兼COO、24年1月から代表取締役会長CEO。69歳。愛知県出身(アイティメディア撮影)──廣田会長が社長に就任した2018年当時は、北米事業の不振などで約200億円の最終赤字、さらに2020年にはコロナ禍で営業赤字に転落しました。このどん底から社内を一つにまとめるために、まず何から着手したのでしょうか?
一番大事にしたのは、新しい仕組みを入れたり改革をしたりする際に「なぜこれを入れるのか」「どこを目指すのか」を全社員に言葉で説明し尽くすことでした。そのために社長就任後、2週間に1回のペースで、全社員向けの社内ブログを自分自身の手で書き始めたんです。
このブログは社員が匿名で直接返信できる仕組みにしていました。なので、最初の頃は散々でしたよ。「アシックスは給料が低い」とか「社長は暇なんじゃないか」なんて厳しい返信もどっさり来ました(笑)。
でも、それに対しても私が逃げずに答えました。そうやって2週間に一度、改革の意図や「まずランニングシューズで世界一になろう」「テニスでも1番を取ろう」という夢をしつこく語り続けました。これが結果として、社内の会話を活性化させ、グローバル全体で同じ方向を向くきっかけになりました。
──経営陣が現場に出る「店舗研修」やマラソン大会でのボランティアも、役員全員に義務化しているそうですね。
そうです。年に1回、私を含めた役員全員が自社店舗の現場に立ったり、バックヤードで在庫管理や清掃をしたりしています。私が原宿の店舗に行った際も、表で接客するのではなく、裏でダンボールから届いた靴を商品棚に綺麗に並べる作業をしました。
なぜやるか。それは、僕らの商売でお金が落ちる瞬間というのは、オフィスではなく「お店でお客さまが商品を買ってくれた瞬間だから」です。そこを経営陣が肌感覚で理解していないとダメなんです。
神戸マラソンのゴール地点で、走ってきたランナーにタオルを渡すボランティアもやりましたよ。完走した関西のおじさんランナーから、からかわれながらも(笑)。現場の熱気やリアルな空気感を肌で知ることは、経営判断のブレをなくす上で絶対に必要なプロセスなんです。
──コロナ禍の店舗休業やサプライチェーンの混乱など、数々の危機をどう乗り越えたのですか?
運も味方しました。実は2018年からEC(eコマース)の自社基盤を強化していたため、2020年に店舗が閉鎖された時もすぐECにシフトできたんです。
また、工場がストップして作れるシューズに足数が限られたときは「作れる数が決まっているなら、単価が高く利益率の良い上位モデルから優先的に作ろう」と切り替えました。これが結果的に値引き販売を減らし、会社全体の利益率を底上げする体質改善につながりました。
──これまで多くのアスリートと契約されてきましたが、スポンサーシップや製品開発のスタンスで変えた部分はありますか?
本当に素晴らしいアスリートの方々と契約し、共に歩んでこられたことには心から感謝しています。開発スタンスで大きく変えたのは「選手ファースト」の徹底です。
もともと選手に寄り添った開発はしてきましたが、その考え方がさらに進化して、選手一人一人のスタイルや走り方に合わせて僕らが製品をつくっていくという意識がより強くなっています。
ピッチ走法(歩数を増やしてスピードを上げるタイプ )の選手には「EDGE」(エッジ)、ストライド走法(歩幅を広げてスピードを上げるタイプ )の選手には「SKY」(スカイ)というように、走りの特徴に合わせて最適なシューズのモデルを提供します。トップアスリートが大会で勝ち、その姿を見た一般ランナーがSNSで「アシックス最高」と自発的に写真や動画を拡散してくれるのです。
インフルエンサーマーケティング以上に、この一般ユーザーの方々のリアルな熱量と、SNSでの口コミが、いま世界中で絶大な効果を生んでいます。
──AIの活用が進む中で、これからの時代に経営者や人間に求められる役割とは何だとお考えですか?
アシックスでも画像認識AIを使って、マラソン大会の写真から「どのランナーがどのメーカーの靴を履いているか」のデータを一瞬で分析するなど、AIは徹底的に活用しています。
ただ、AIというのは過去のデータを学習して最適化するのが得意な一方、全くゼロからの「ひらめき」や「クリエイティブなイノベーション」を生み出すことはできないのではないでしょうか。
だからこそ、人間であるリーダーの役割は「夢を語り、社員と共有すること」に尽きます。「来年までに売り上げをいくらにする」という目標も大事ですが「日本発の匠の技術で、世界一のグローバルブランドになるんだ」というワクワクする夢を示せるか。
そして一度言った方針を簡単にブレさせないこと。上が少しでもブレると、現場は大揺れになります。AI時代だからこそ、ブレない信念と人間味を持ったリーダーシップが問われているのだと思います。
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