造り手は増えるも……日本ワインの課題にどう立ち向かう?:日本ワイン 140年の真価(5/6 ページ)
活況を呈している日本ワイン。その一方で、これまでなかったような課題も出てきている。シャトー・メルシャンのチーフ・ワインメーカーを務める安蔵光弘氏に、日本のワイナリーが直面する課題や、これからの日本ワインのことなどをインタビューした。
不作の年こそ腕の見せどころ
――ところで、安蔵さんのワインとの出会いは?
大学生のときは微生物が専門で、応用微生物学という研究室にいました。当時からとてもお酒に興味があって、清酒の利き酒コンテストに出場したりしていました。ワインについては、都内にワインスクールがあったので、大学院になってからそこに週1回通うようになりました。そのときはワイン会社に就職しようとは思っていなかったのですが、結果的に1年間毎週通いました。非常にワインが面白いなと思ったからです。大学院2年生になると、本格的にワインの仕事がしたいなと思うようになり、メルシャンを希望して入社することができました。
――ワイン造りの面白いところとは?
自分が手掛けたワインを飲むときですね。赤ワインだと、熟成してどんどん味わいが変わります。例えば、自分で仕込んだワインが2年ほど樽での熟成を経て、瓶詰めする際に味を見ます。その2年後に商品をリリースするときにまた味を見ます。その時々で味が変化しているのを体験できるのは面白いです。ワイン造りという職業をやっていて良かったなと思う瞬間です。「20年前のあのとき、こういう仕込みをしたな」など自分の仕事を振り返ることもできるのです。
――味の記憶は強烈に残っているものですか?
ある程度は残ってますね。全部が全部覚えているわけではありませんが、例えば、20年前のワインを2年に1度飲む機会があれば、10回くらい飲んでいるわけです。だいたい前回飲んだときの延長線上に感覚はあるのですが、いくつかのワインは意外な熟成をすることがあるのです。それも楽しい体験です。逆に良い熟成をしていなければ残念な気持ちにもなります。
――その悔しさをバネに次は良いものを造ろうと思うわけですね。
そうですね。私は醸造、栽培の両方を統括していますが、微生物を専攻していたこともあって醸造にかかわる時間が長かったです。
ビールや清酒は穀物の酒なので、醸造担当者が意図的に「こんな香りを出してやろう」ということはありますが、ワインは「こんなものを造ってやろう」という感じではないのです。ワインはブドウの良さがボトルまでそのままいくのが理想なのです。造り手の違いは確実に出ますが、できたブドウの本質を変えるということはありません。どちらかと言えば、その年のブドウが持っているポテンシャルを100%引き出すことが我々にとって最も良い仕事なのです。手を加えてブドウのポテンシャルが120%になるというのは絶対にありません。
――人がワインを意図的に変えるのではなく、ブドウの良さを引き出すために人がサポートするということですね。
天候が良くて恵まれた年はだいたい思い通りにいきますが、天候が悪くて難しい年ほど、醸造の役割は重要になります。良いところを引き出してやろうというよりは、悪いところを引き出さないようにしようとなるのです。それがうまくいって、4〜5年後に「あのとき苦労したけど良い熟成してるな」というワインに出会うことがあります。これは嬉しいですね。
良い年と悪い年ではそもそものポテンシャルが違います。良い年のブドウはポテンシャルを80%引き出しても、70%引き出しても良いワインになりますが、悪い年に70%しか引き出せないと、すごくレベルの低いワインになるのです。そういう年こそいかに100%に近づけるようにするかというのがわれわれの大切な仕事なのです。
ブドウの出来が良い年にワインを褒められることは多いですが、醸造する人にとっては良くない年の方が苦労しているし、気を遣ってワインを造っています。ただ、元々のポテンシャルが低いからわれわれはすごくうまくいったと思っても、そこそこのワインしかできません。
けれども、苦労して、いろいろなことをやった年の方が、造り手にとってはかわいいワインです。だから、皆さんが思っている良いビンテージのワインばかりではなく、難しかった年のワインを何年後かに飲むのが楽しみなのです。あのときの判断は当たっていたかなと。
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