「駅のホームドア」が普及しているが、安全基準はどうなのか:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(8/8 ページ)
京王電鉄京王線で発生した傷害放火事件は記憶に新しいが、犯人の動機などは社会学、心理学の範疇(はんちゅう)で鉄道側としてはなんともしがたい。ただし、鉄道については「防犯」と「防災」の議論が起きた。ホームドアなどの関連する各種施設や機器とその運用、これまでの法令等を見ながら、課題や今後のあり方を考える。
旅客設備についてはバリアフリー法に基づく「移動など円滑化のために必要な旅客施設又は車両などの構造及び設備並びに旅客施設及び車両などを使用した役務の提供の方法に関する基準を定める省令(移動円滑化基準)」がある。こちらはホームドアの基準があるけれども「ホームドア、可動式ホーム柵、内方線付き点状ブロックそのほかの視覚障害者の転落を防止するための設備が設けられていること」がある。
この省令にもガイドラインがあって「可動式ホーム柵は、柵から身を乗り出した場合及びスキー板、釣り竿など長いものを立てかけた場合の接触防止の観点から、柵の固定部のホーム内側の端部から車両限界までの離隔は40センチメートル程度を基本とする」「プラットホームの線路側端部において、列車が停車することがないなど乗降に支障のない箇所には、建築限界に支障しない範囲で高さ110センチメートル以上の柵を設置する」の数値や「ホームドアや可動式ホーム柵の可動部の開閉を音声や音響で知らせる」などがある。
ただし、これらの基準も「乗客がホームから落ちないように」という前提のみだ。ホームドアの高さは示されていても、ドア下辺の高さについては触れられていない。どの程度開口して良いか。ホームに接触すると水はけが悪くなる。しかし、開口部が高ければ白杖を使う人がホームドアを認知しにくいだろうし、幼児が這って通り抜けてしまう。
そして、これらの基準でまったく想定されていない「線路側からホームへの脱出」という事件が起きた。今後は、「車内非常時などに線路側からホーム側へ脱出できる措置をとること」「○メートルごとに非常扉スイッチの所在を明示する」などを盛り込む必要があると思う。天井まで届くガラス張りのホームドアは、非常時にどこから出られるか矢印がほしい。
もちろんそれを見越して、国土交通省も16年から「駅ホームにおける安全性向上のための検討会(PDF)」を開催したけれども、18年に中間とりまとめを作った段階で動きがない。
安全面の統一基準を定めておかないと、コストやデザインを優先した「危険なホームドア」が作られかねない。ホームドアの普及が急速に進むことは大いに良いことだが、それだけに安全基準の見直しを急いでほしい。新たな問題に直面したいま、検討会の再開を望みたい。
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてPC雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。
関連記事
- “日本一高い”北総鉄道は値下げできるのか 「やはり難しい」これだけの理由
千葉ニュータウンを走る北総鉄道は日本一運賃が高い鉄道の1つ。理由は膨大な建設費が運賃に乗っていたから。しかし6月23日発表の決算には、2022年に累積損失を解消、値下げを検討するとある。値下げされても残念ながら相場より高い運賃が続く懸念がある。そこで筆者が、確実に値下げする方法を考えてみた。 - 渋谷で「5000円乗り放題」を始めて、どんなことが分かってきたのか
長距離バスの運行などを手掛けているWILLERが「月5000円で乗り放題」のサブスクプランを打ち出したところ、利用者がじわじわ増えている。4カ月ほど運営してみて、どんなことが見えてきたのかというと……。 - 2025年の大阪・関西万博で、鉄道の路線図はどうなるのか
2025年に大阪、夢洲で「2025年大阪・関西万博」が開催される。政府は主要公共交通機関に大阪メトロ中央線を位置付けた。このほか会場へのアクセスには船とバス、さらに具体化していない鉄道ルートが3つ、近畿日本鉄道の構想もある。また会場内の交通には、3種類のモビリティが計画されている。 - 中央快速線E233系にトイレ設置、なんのために?
JR東日本の中央線快速で、トイレの使用が可能になることをご存じだろうか。「通勤電車にトイレ?」と思われた人もいるかもしれないが、なぜトイレを導入するのか。その背景に迫る。 - 定期代が上がる!? 鉄道の“変動運賃制度”が検討開始、利用者負担は
鉄道で「変動運賃制度」の検討が開始された。そもそも、通勤通学定期券によるボリュームディスカウントは必要だったのか。鉄道会社の費用と収益のバランスが、コロナ禍による乗客減少で崩れてしまったいま、改めて考えてみたい。 - 電車を止めよう――勇気を持って主張したい、3つの理由
緊急事態の今、感染拡大を食い止め、医療と社会を立て直すために必要なのは、電車を止めることだ。そこまでするべき理由は「感染」「名誉」「経営危機」の3つ。大変なことではあるが、「通勤を止める」「生活費を支給する」方法がないわけではない。 - 「悪質撮り鉄」は事業リスク、鉄道事業者はどうすればよいか
有料道路を走る暴走族は、道路会社にとってお客様ですか。これと同様に「悪質撮り鉄」は、他の撮り鉄だけではなく、鉄道趣味、旅行ビジネスに悪い影響を与えている。本来、鉄道事業者が守るべきは「お客様の安全」であり、彼らはそれを脅かす存在だ。毅然とした態度が必要となる。 - 新型車投入の横須賀線、“通勤電車ではなかった”歴史と「車両交代」の意味
JR横須賀線に新型車両のE235系が導入されると話題になっている。横須賀線はもともと軍用路線として建設され、その後、観光に使われる長距離列車、そして通勤電車へと役割が変わっていった。E235系投入は、通勤路線への変化という点で重要な位置付けといえる。 - 「通勤」は減っていく? 東急の6700人アンケートから読み解く、これからの鉄道需要
東急は、アプリを通じて6760人に実施したアンケート結果を発表した。新型コロナの影響で在宅勤務などが広がり、鉄道の需要は低下。しかし、今後も定期券を更新する人は多く、転居しようとする人も少ない。通勤需要は元通りには戻らないが、ある程度回復しそうだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.