伝説のドキュメンタリー番組の仕掛け人が上梓した『ありえない仕事術』とは?(2/3 ページ)
“伝説”のドキュメンタリー番組「ハイパーハードボイルドグルメリポート」シリーズを手掛けた上出遼平氏。話題作であり、問題作でもある『ありえない仕事術 正しい〝正義〟の使い方』(徳間書店)執筆の裏側を聞いた。
ドキュメンタリー制作者が抱える矛盾をさらけ出す
上出氏はテレビ東京在職中に携わったドキュメンタリー番組「ハイパーハードボイルドグルメリポート」シリーズで、放送番組の賞で最も権威があるギャラクシー賞を2019年に受賞した。翌年に書籍化もして話題になるなど、テレビと出版の両業界で注目された存在だ。
一方で、別の点から業界に衝撃を与えたのが、講談社の文芸誌『群像』の2021年4月号に寄稿した「僕たちテレビは自ら死んでいくのか」だった。上出氏が暴走族の少年を取材して制作した音声配信番組が、一旦は審査部から「問題なし」と判断されながら、テレビ東京ホールディングス社長の反対などによってお蔵入りした顛末を書いたものだ。
この問題が起きた後、2022年6月に上出氏はテレビ東京を退社することに。退社を決断した理由を明かしてくれた。
「もともとテレビ東京では30歳くらいまで働けばいいのかなとぼんやり考えていたものの、担当する番組がずっと途切れなかったので、辞めるタイミングがありませんでした。それが『群像』に寄稿したことをきっかけに、社内での立場が悪くなって動きづらくなりました。いろいろなことが制限されるようになったので、いよいよ飛び出した方がいいのかなと思ったのが退社の理由です」
寄稿への反響も引き金を引いた。
「寄稿したことで、いろいろな部署の人から感謝の声や、応援しているといったメッセージが届きました。応援自体はうれしかったのですが、若造が声を上げたことに対して、先輩たちが水面下で応援するのではなくて、何でみんな表に立って声を上げないのかとも思いました。寄稿によって経営陣と対話する場ができて、後輩が番組をつくりやすい環境ができればいいなと考えていたものの、組織としては『許すまじ』という対応で、結局何も解決しませんでした。だから、敗北ですよね。テレビ東京で感じたメディアに対する失望も、この本の中には少しずつ紛れ込んでいると思います」
『ありえない仕事術』では、メディアが抱える問題点もさらけ出している。その一つが、かつて報道業界に身を置いていた人物から、ドキュメンタリー制作者は「不幸探しのプロ」だとしてハゲワシを意味する「ハゲ」と呼ばれる場面だ。ここでは声なき声を発信するドキュメンタリーの役目を果たそうという思いと、他者の悲劇を商業利用していると批判されることの葛藤がつづられている。この場面を描いた背景を聞くと「ドキュメンタリー制作者が抱える矛盾や、グロテスクな側面を自己批判として書いた」と話す。
「この本によってドキュメンタリー制作者に対して悲劇の商業利用といった目線が広がってしまうことは、僕にとってはネガティブなことで、自分の仕事を否定される可能性が高まるかもしれません。だから、自分で書きながら震えあがっていました。でも、そういう批判的な目線を自分の中で持ち続けることは、すごくタフなことだと思います。僕も年を取れば取るほど体力がなくなって、批判から目を背けて、自己都合で番組を作るようになるかもしれません。そうならないように、自分に対する批判的な目をあえて外に出しておくことで、自分の戒めになるように、この本で準備しました」
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
井上尚弥の強さに迫った書籍『怪物に出会った日』 異例の“発売前重版”の舞台裏
「怪物」の異名を持つ井上尚弥選手と闘い、敗れたボクサーから話を聞くことで、井上選手の強さに迫ったスポーツノンフィクション『怪物に出会った日〜井上尚弥と闘うということ』。発売前に異例の重版が決まり、発売1カ月で4刷3万3000部とヒットを飛ばしている。その背景には、約1年かけて取り組んだSNS戦略があった。
暴力団取材の第一人者・溝口敦 「刺されてもペンを止めなかった男」が語る闇営業問題の本質
暴力団や新興宗教、同和利権、裏社会など、タブーに斬り込み続けてきたノンフィクション作家・溝口敦氏――。背中を刺されても決してペンを止めなかった溝口氏に、これまでの仕事哲学と、芸能人・反社会的勢力の「闇営業問題」に何を思うのか聞いた。
ノンフィクションで5万部突破 『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業をつくった男』著者に聞くヒットの理由
リクルートの創業者、江副浩正氏の生涯をたどったノンフィクションが売れている。ジャーナリストの大西康之氏が1月に上梓した『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業をつくった男』(東洋経済新報社)はすでに5万部を突破した。ヒットの背景を、著者の大西康之氏に聞いた。
岡田武史監督に聞くリーダー論 私利私欲でメンバーを外したことは一度もない
日本代表を2回もサッカーワールドカップに導いた希代の名監督・岡田武史。日本代表監督と会社の経営者という2つの立場を経た今気付いた、チーム作りと会社作りの共通点、マネジメントの極意とは――。日本代表監督時代を振り返りながら、“指導者・リーダーとしての岡田”に迫る。
井上尚弥vsタパレス戦を独占無料生配信 ドコモ副社長に聞く「配信事業に挑むワケ」
NTTドコモは「NTTドコモ Presents WBA・WBC・IBF・WBO 世界スーパー・バンタム級王座統一戦 井上尚弥vsマーロン・タパレス -streaming on Lemino-」を、映像配信サービス「Lemino」で独占無料生配信する。
井上尚弥対フルトン戦も独占 NTTドコモ「Lemino」が放映権を次々と獲得できたワケ
「dTV」に代わるNTTドコモの新しい映像配信サービス「Lemino」。動画配信が群雄割拠の時代を迎える中で、NTTドコモはどんな戦略を描いているのか。責任者に聞いた。
WBC決勝が歴代1位に Amazonプライム・ビデオ責任者に聞く「スポーツ中継の勝算」
3月に「2023 WBC」で、侍ジャパンの強化試合2試合と本戦の全試合をライブ配信したアマゾンジャパン。ネットの有料サービス視聴の垣根を低くするきっかけを、多くの人に作ってきた。児玉隆志プライム・ビデオ ジャパンカントリーマネージャーに今後の戦略を聞いた。
