「年間決済600万円」でも客は離れない ANAアメックス“強気な値上げ”に隠された富裕層囲い込みの勝算
ANAとアメックスが17年ぶりに提携カードを全面刷新し、最大24万マイル超の異次元還元キャンペーンを打ち出した。一方で、年会費の大幅引き上げに加え、ボーナスマイル獲得には「年間400万〜600万円以上」という高い決済ハードルを設定。円安・物価高の逆風下で、両社はなぜあえて“顧客を選別”するハイエンド路線へ舵を切ったのか。調査データから浮き彫りになった富裕層の旺盛な旅行熱と、プライシング戦略に迫る。
ハワイまで往復ファーストクラスで移動しても、まだお釣りがくる──。
「最大24万マイル還元」を掲げ、全日本空輸(以下、ANA)とアメリカン・エキスプレス・インターナショナル(以下、アメックス)が9月2日、17年ぶりに提携カードを全面刷新した。
話題を集めているのは、その圧倒的な還元力だけではない。今回のリニューアルで課された高いハードルだ。ゴールドやプレミアムカードの年会費を引き上げた。さらに大型ボーナスマイルの獲得には「年間利用額400万〜600万円以上」という高い決済の条件も課している。
円安や物価高を背景に旅行業界に逆風が吹く中、なぜ両社はあえて一見すると顧客の選別にも見えるハイエンド路線に舵を切ったのか。強気なリニューアルの裏に隠された「富裕層の旅行熱」獲得を狙うマーケティング戦略に迫る。
17年ぶり大刷新 狙いは?
アメックスとANAが同日に東京都内で開催した記者会見では、航空機の尾翼をモチーフにしたデザインの新たなカードを披露した。
アメックスは2009年に初めての提携カードとして、ANAアメリカン・エキスプレス・カードと同ゴールド・カードを発行。2014年11月からプレミアム・カードも発行している。全面リニューアルは今回が初だ。
リニューアルの目玉は、3種類のカードのうち、ゴールド・カードとプレミアム・カードでANAマイルの特典を強化したことだ。
ゴールド・カードの新たな特典は、まず、年間のカード利用額が400万円以上の利用者に対して1万5000ボーナスマイルを提供すること。加えて、羽田空港第2ターミナルの「Power Lounge Premium」の利用者や、アメックスが提供するダイニング予約サービス「ポケットコンシェルジュ」の利用者に対し、20%のキャッシュバックを最大で年間2万円付与する。
継続や搭乗のボーナスマイルのほか、ANAの航空券購入時に100円当たり3マイル相当を付与するなど、従来のサービスも引き続き適用する。一方で、年会費はこれまでの3万4100円から4万2900円に引き上げた。
プレミアム・カードでは、年間のカード利用額が600万円以上で、3万ボーナスマイルを付与することを新たな特典として発表した。このほかPower Lounge Premiumの利用、それにポケットコンシェルジュ利用に対して、20%のキャッシュバックを年間最大4万円付与する。
従来からの特典も、国内外のホテルブランドに1泊無料で宿泊できるプレミアムフリー・ステイ・ギフトや、利用回数無制限のプライオリティ・パス、ANA航空券購入時の100円当たり4.5マイル相当付与なども引き続き適用する。年会費は16万5000円から18万7000円に引き上げた。
さらに新規入会に関しては、11月4日までの期間限定で“大盤振る舞い”とも言えるマイル特典を付与するキャンペーンを展開中だ。条件を達成することで、アメリカン・エキスプレス・カードで最大3万8000マイル、ゴールド・カードで最大12万8000マイル相当、プレミアム・カードで最大24万2000マイル相当を還元する。
年間6回以上の旅行者が倍増 データで見える「富裕層の旅行熱」
今回のリニューアルでは大規模なマイル特典を用意する一方で、ボーナスマイルが得られる利用額を引き上げた。加えて年会費も値上げしている。この狙いを、アメックスの山本尚(たかし)カード事業部門副社長が説明した。
「ゴールド・カードはANAマイルの獲得をより追求した、新しい形に生まれ変わっています。そしてプレミアム・カードは、プレミアムな旅を求めるお客さまに向けた、最高峰の旅の体験を実現できるカードということで考えています。このカードはアメリカン・エキスプレスだけで作れるものではありません。ANAさんと一緒に議論して作ってきたものです。ANAさんと一緒だからできる、より豊かな旅の体験、価値の提供を追求したからこそ、今回のリニューアルが実現できたと考えています」
リニューアルの背景には、富裕層の旅行意識の変化を敏感にキャッチし、適切に対応するアメックスのマーケティング戦略がある。
もともとアメックスは1850年に運送業で創業し、1891年にはかつて海外旅行の必需品だった外国旅行者向け小切手のトラベラーズ・チェックを世界で初めて開発した。1915年に旅行業に進出し、1917年から日本で海外から来た旅行者をサポートする事務所を横浜に開設。カード事業は1958年に始めた。
このようにアメックスは、旅に関するサービスを柱としてきた背景がある。同社は2025年12月30日から2026年1月14日にかけて、日本を含む世界7カ国で旅行に関する意識調査「グローバル・トラベル・トレンド・レポート」を実施した。この調査は、年収が5万米ドル(約786万円・9月26日現在)相当以上で、かつ、年1回以上旅行をする日本の成人1021人を対象にしている。
結果を見ると、2026年に「旅行を3回以上予定している」と答えた人が64%に上った。前年調査の39%から大幅に増加している。また「6回以上予定している」人の割合は22%で、前年の11%から倍増した。
一方「旅行の予定がない」と答えた人の割合は、前年が17%だったのに対し、今年は12%に減少した。こうした数字から、旅行への関心が高まっていることが分かる。
水村直美カード事業部門上席副社長は、調査結果について説明するとともに、カードの利用状況の変化を説明した。
「実際にカード会員の利用データを見てみると、旅に関する支出が年々増えている状況です。そして変化しているのは、旅への関心ということだけではなくて、最近は音楽イベントに参加するためとか、スポーツ観戦をするといった理由で旅に出るなど、きっかけや目的も広がってきていると捉えています」
SFC改定とも連動 「超優良顧客」への一点突破
今回の新規入会キャンペーンを含めた大規模なマイル還元は、ANAの特典航空券という強力なインセンティブを通じ、顧客へ高付加価値な海外渡航体験を提供する狙いがある。
例えばハワイ路線の場合、レギュラーシーズンにおける特典航空券の提供基準は、エコノミークラスが片道2万マイル、ビジネスクラスが4万2500マイル、ファーストクラスでも7万マイルに設定している。円安や物価高が逆風となる中、会見に出席したANAの神田真也上席執行役員は、今こそ自社とアメックスが提供する提携価値を示す好機だと強調した。
「最近の円安はわれわれとしても心苦しいところもございます。燃料サーチャージの高騰を受けまして、海外旅行や航空機の利用で負担がかかっていることは承知しています。こうした中で、日々のカード利用やキャンペーンによって、たまったマイルを上手に活用いただくことが最高の旅の体験へとつながれば幸いです。新ANAアメックス・カードを通じて、ANAマイレージクラブの最高峰の価値と、ANAアメックス・カードの最高峰の価値を提供していきたいと考えています」
ANAが提供する上級会員向けのクレジットカード機能付きカード会員「スーパーフライヤーズカード」(SFC)では、所有者にラウンジの利用権利を付与していた。しかし、2028年4月以降には利用額が300万円以上の会員にのみ提供すると、条件変更を発表した。利用者からは反対の意見も一部にあるものの、ラウンジの混雑を解消できる点では評価する声もある。
ANAアメックス・カードのリニューアルで設定された「年間400万〜600万円」という決済条件は、SFCの「300万円の壁」をさらに上回る高いハードルだ。しかしこれは、単なる値上げではない。膨大なデータから富裕層の旅行需要を可視化したアメックスと、マイルという強力なインセンティブで顧客を惹きつけるANAによるLTV(顧客生涯価値)の最大化戦略である。
真のロイヤル顧客を強固に囲い込む両社のアプローチは、価格戦略や顧客選別のヒントになるはずだ。
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