なぜANAは批判を受けても「300万円」を譲らなかったのか SFC改定が突きつける“真の優良顧客”の条件(3/3 ページ)
4月の発表で波紋を呼んだANAの「SFC改定」。9月にラウンジの一律制限緩和を発表したものの、決済額「300万円の壁」は維持した。妥協に見えるこの見直しは、実は「飛ぶ客」から「日常で使う家族」へと優良顧客を再定義し、LTV(顧客生涯価値)の最大化を狙う高度なマーケティング戦略だ。早稲田大学ビジネススクールの長内厚教授が、批判を受けてもANAが死守したラグジュアリー戦略の真の狙いを読み解く。
「飛ぶ客」より「使う家族」を優遇? “真のロイヤル顧客”の姿
だからといって、飛ぶ意味がなくなったわけではない。搭乗によって得られるプレミアムポイントを年間15万ポイント以上獲得した会員に付与する、既存の「ダイヤモンドサービス+More」は、同じANAカードファミリーマイルに登録した家族1人に、翌年度のダイヤモンド資格を贈れる制度だ。一部対象外の特典はあるものの、家族にも一段上の待遇を提供する。
重要なのは、+Moreが搭乗だけの制度ではないことだ。公表済みの2027年度の条件は、ANAグループ運航便で15万プレミアムポイント、所定のライフソリューションサービス7種類以上の利用、ANAカード・ANA Payで600万円の決済。その全てを満たす必要がある。
決済によって家族への優待を広げ、さらに搭乗と日常利用の双方で大きく貢献する顧客には、より上位の家族向け特典を提供する。「飛ぶか、使うか」の二者択一ではなく、最上位では「飛ぶことも、使うことも」評価するのだ。
家族への恩恵を比べると決済が有利になる局面をつくりながら、航空利用でも大きく貢献する顧客には、その先の優遇を用意する。ここには、優良顧客との関係を段階的に深める、一貫した考え方がある。
しかも、今回維持される100万ANAライフタイムマイルの特例は、長年にわたる搭乗実績も評価し続ける仕組みだ。年間の搭乗、日常の決済、長期の利用実績。それぞれを異なる形で評価すると捉えれば、カード決済を重視する改定と、飛び続けた顧客への優遇は矛盾しない。
アメックス刷新と重なる高付加価値化
9月2日に刷新したANAとアメリカン・エキスプレスの提携カードも、同じ方向を示している。上位券種の年会費を引き上げる一方、2027年からの通常の利用ボーナスは、ゴールドが年間400万円以上で1万5000マイル、プレミアムが600万円以上で3万マイルとした。
羽田第2ターミナルの「POWER LOUNGE PREMIUM」の利用や飲食特典も組み合わせる。なお、このラウンジは「ANA LOUNGE」とは別施設だ。単なるポイント還元ではなく、旅や日常での上質な体験を提供し、その価値を感じる顧客に継続利用を促す設計といえる。
ここから、顧客との取引から長期的に得られる利益、すなわちLTVを重視する発想を読み取れる。年間決済額が、そのまま顧客の生涯利益を表すわけではない。しかし搭乗時だけでなく、日常の支払いでも選ばれる関係を築くことは、航空券収入に加え、提携カード・マイル事業の収益機会を広げる。
ANAは、日常利用の拡大を設備投資や新たなサービスに還元する方針を示し、2027年度中には羽田空港国内線ラウンジの施設拡充も進める。対象者を絞るだけでなく、サービスを良くする原資を増やす。その循環まで含めて評価する必要がある。
筆者には、これらの施策が、LCCと同じ土俵で安さを競うのではなく、快適性や特別な体験で差別化する戦略に見える。飛行機に乗る瞬間だけでなく、旅の前後や家族との時間まで価値を提供する。ラグジュアリーな航空ブランドを志向する方向には、経営学的な合理性がある。
もちろん、今回のデータだけで300万円という基準が最適だと証明できるわけではない。従来の制度を信頼して利用してきた会員への説明も欠かせない。制度への信頼も、長期的な顧客関係を支える資産だからだ。選別だけを進め、混雑緩和やサービス改善が実現しなければ、単なる負担増と優待の縮小で終わる。
問うべきなのは、特典を維持したか削ったかだけではない。過去の搭乗への感謝を残しつつ、これからも旅と日常の双方で選んでもらう関係をつくれるか。そして、顧客から得た継続的な支持を、それに見合う体験として返せるか。今回の見直しの真価は、そこにある。
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