2001年。21世紀の始まりとともにデジカメの普及は加速度を増していた。僕が毎月撮影を行なっていたPC雑誌でも定期的に「デジカメ特集」が組まれるようになり、その度に各社の最新機種に触れる機会を得るようになった。
その時の僕の感想は「どのカメラも物としての完成度が足りない」というものだった。フィルムカメラと比べるとどうしてもチープ感が漂うのだ。CCDやCMOSの画素数競争が第一でそこに最も原資を割いている時期だったから、デザインをじっくりと吟味する余裕が無いのは明らかだった。
それにしても妙にフィルムカメラを意識してレトロに走って失敗しているものや、逆に「未来的」の解釈が分かりやすすぎる、カプセルのようなデザインなど、まったく物欲をそそらないデジカメが多く見られた。
工業デザインは社外のデザイナーを使ったほうが最終的に良い物(歴史に残る物)ができると僕は思っている。GKインダストリアルデザインによるヤマハ「VMAX」など一連のバイクや、ジウジアーロによるニコン「F3」など、エポックメイクな製品は有名デザイナーによるものが多い。
そんな中、突然、富士フイルム(当時は富士写真フイルム)から「ポルシェデザイン」のデジカメが発売された。それが「FinePix 4800Z」(およびその上位機種6800Z)である。
僕は一目見るなりこのカメラが欲しくなった。画質を見ずに製品の質感だけで所有欲を起こさせるデジカメは4800Zが初めてだった。
ポルシェデザインと言えばコンタックスRTSを思い出すが、あちらがフィルム一眼レフとしてのベーシックな形を残しつつ洗練された直線と丸みの融合によってバランスのとれたデザインを作ったのとは対照的に、4800Zのデザインははむしろ既存のカメラから離れようとする方向性を感じた。
この一代前の「FinePix 4700Z」から搭載された、自社開発の「スーパーCCDハニカム」は、物理的な画素数の倍の画素数で記録できるというユニークな特徴を持っている。そしておそらく同社は、他社のカメラと差別化を図るためにこの最上位機種に「縦型レイアウト」のデザインを採用したのだと思う。
そしてこの「縦型デザイン」をフラッグシップとするために6800Z、4800Zにおいて「ポルシェデザイン」の力を借りたのだろう。「オリジナルCCD」→「縦型レイアウト」→「ポルシェデザイン」の流れで「何ものにも似ていない」完全にオリジナルな高級コンパクトデジカメが完成したのだ。
4800Zは、雑誌の特集のために集められたデジカメ約10台のなかで、まさに「別格」の存在感を示していた。手に持ってみるとすぐに分かる金属筐体の充実感。フロントカバーの、Photoshopの「つまむ」フィルターで持ち上げ、固めて表面に砥石をかけたような不思議な形状。見たこともない形だが、なぜか安心感のあるデザインだ。
そして、このデジカメの存在感を決定的に高めているのが、アルミ削り出しのモードダイヤルだろう。4700Zでは天面のシャッターダイヤルの周りに大きなダイヤルを付けていたが、この4800Zは背面に向けた分厚い金属モードダイヤルへと変更している。側面の細かい四角錐(しかくすい)の細工は、ゴムなどのやがて劣化していく素材を使わなくても人差し指の引っ掛かりを良くしているのだ。
単にデザインを優先させた結果の形ではなく、背面からモードの情報を自然に確認できたり、金属加工の精密さで不用意な誤動作を防いでいるのも「ポルシェデザイン」のすばらしさだ。工業デザインは見た目の美しさとともに、常に「使い易さ」に向かっていなくてはならない。
4800Zの背面デザインは、その意味で計算し尽くされている。親指のレスト部分の丸い液晶と、その周りの指の可動部分は円形に配置され、微妙な凸凹で各ボタンへのガイド役を務めている。また丸液晶下の、親指の付け根が当たる部分にもへこみが作られ右手のグリップの安定がはかられている。
しかしこの縦型デザインは、この時代には他社に対する優位性(つまりオリジナリティ)を持っていたのだが、その後徐々に無理が生じてくる。この頃は最大だった2インチ液晶だが、やがて2.5インチ、3インチが主流になるとボディに搭載するのが難しくなってしまうのだ。
4800Z以降も縦型デジカメは作られ続けたが、液晶は2インチのまま歴史を終えた。その意味でこのポルシェデザインの4800Zは生まれながらにして頂点、「歴史に残るデジカメ」だったのである。
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