50ミリマクロ1本で街歩き――リコー「GXR」(2):矢野渉の「金属魂」的、デジカメ試用記
カメラマン・矢野渉氏が被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。リコー「GXR」をぶら下げて街を歩くと、少しだけ非日常のにおいが混ざる。
このカメラを貸出していただき、最初に持って行ったのは巨大なショッピングモールだった。ストラップを付け、首からぶら下げたGXR(50ミリマクロ「GR LENS A12 50mm F2.5 MACRO」)は少々異形で、目立っていたのかもしれない。
「ご旅行ですか?」が店員の第一声だった。こんな住宅地で旅行もあるまいと思ったが、彼にそう思わせたのは明らかにGXRだろう。その辺のコンパクトデジカメとは存在感が違うのだ。「旅行」=「特別」、と僕は理解した。
どうせ旅人に見られるのなら、いっそこのままそぞろ歩きも悪くない。今日はGXRと道行きとしゃれ込もう。レンズは50ミリマクロ1本だけだ。このサイズのカメラでAPS-Cサイズの撮像素子が使えるのがうれしい。
剪定(せんてい)された街路樹が空に向かって寒々と伸びていた。フレーミングを決め、PLフィルタをレンズ前にかける。青空の色が最も落ちたところでシャッターを切った。あとで画像処理をすれば同じ効果を得られるが、そういうやり方はGXRを使った撮影にはなじまないと思う。できるだけ時間をかけ、その場でカメラと対話しながら、がGXRに対する礼儀というものだ。
公園の桜が見えた。今年の桜は低温のため、散り時を迷っているようだ。枝ぶりの良い木のたもとで上を見上げて撮影。桜の花の、日に当たったところ、影になったところ。その向こうの抜けるような青空。白飛び、黒ツブレ無く滑らかな階調で表現されている。これがAPS-Cの持つ広いダイナミックレンジだ。
道端に咲いていた小さな花に吸い寄せられるように撮影を始めた。風が強くなってきたので、なかなかフレーミングが定まらない。オートフォーカスもまったく追従できない。こんな時は三脚にすえてじっくりと待つ。ピントはもちろんマニュアルだ。こうして無心に被写体を眺めている時間が苦にならないのは、やはりGXRの魅力のせいなのだろう。
廃屋にはられたポスターが目に飛び込んできて、シャッターを切る。電子水準器に引っ張られて、完全に水平な写真を作ってしまった。ちょっと反省してカメラを傾けてもう一枚。電子水準器は便利だが、無意識に表現法を狭めてしまう危険もある。
遅い昼食は街の中華屋さんにした。夫婦でやっている小ざっぱりとした店だ。メニューを眺めながらどこかで聞いた噂を思い出した。「中華屋のオムライスはおいしい」という話。
運ばれてきたオムライスはごくごく普通の味だった。ごろごろした付け合せのポテトがちょっと得した気分だったが。撮れた写真はピント面からボケに向かう空気感がとても気持ちのよいものだった。
日が傾いてきた。それほどの距離を歩いたわけではないが、軽い疲労がある。露出もピントもマニュアルで撮影することが多かったのでかなり神経を使った1日だった。しかし、嫌な感じの疲れではない。カメラまかせにせず、カメラと一体になって写真を作っていく感覚は、20代の自分を思い出させてくれた気がする。
またいつかGXRとこんな機会を持ちたいと思う。その時は、きっと晴れている予感がするのだ。
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