13日の開会式を目前に控えたアテネオリンピック。この大会を支えるITシステムも、選手たち同様、入念な準備を重ねてきた。
1993年からWorldwide Olympic Operationsのディレクターを務めるビンス・シェイファー氏に、オリンピックに関連するチームワークやアウトソーシング、失敗などについて話を聞いた。同氏は、リレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、そして今回のアテネのオリンピックで、Xeroxのグローバルスポンサーとしての任務を統括してきた。今月のオリンピックの準備期間と開催期間を通じて、運用、技術、サービス、契約管理、ロジスティクスを担当する。
―― まず、過去の話から伺います。これまでのオリンピックでITにまつわる大きな失敗としては、どのようなものがありますか? そしてその過ちを繰り返さないための対策は何ですか?
シェイファー 1996年のアトランタオリンピックでは、ファイルの配布に関して問題が起きました。Xeroxは、オリンピックでは毎回、プレスならびにIOC(国際オリンピック委員会)の役員向けに何千冊もの結果報告書を作成します。アトランタで起きたファイルの問題というのは、最初の数日間、あらゆるものがスケジュールよりも少し遅れたというものです。
この問題は、バックアッププランによって対処することができました。つまり、選手村、メインプレスセンター(MPC)、国際放送センター(IBC)など報告書を必要とするところに各競技会場から先にFAXを送り、印刷した文書を後で配布するようにしたのです。「結果報告」アプリケーションのようなミッションクリティカルなアプリケーションについては、常にバックアップ手順と冗長性を組み込むようにしています。
オリンピックでは毎回、それぞれ異なるチャレンジが現れます。それが分かっているため、技術プロバイダー各社は、実際に大会が始まる2年前から準備とテストを開始します。これにより、十分に時間をかけて、さまざまなシナリオを実行したり、バックアッププランを考えたりすることができるのです。2004年6月18日から1週間かけてTR2(テクニカルリハーサル2)を実施し、その中で技術、プロセス、通信のテストを行いましたが、TR-1と比べて大きな改善が見られました。
―― 離れた場所で、しかも完璧とは程遠い環境でITを運用するというのは、どんな感じですか?
シェイファー シドニーおよびアテネでは、Xeroxの工場や大型倉庫は皆無に近い状況です。このため、孤島に赴くような覚悟で計画を立てる必要があります。大会期間中、われわれだけで自給自足できるようにしなければならないのです。大会に投入する機器はすべて、開催の1年半前に生産計画を立て、半年前には開催国に到着しました。こうすることで、緊急事態を最小限に抑えることができます。用紙などの消耗品についても同じです。
「常にあらゆる事態に備える」というのが私の信条です。そして、たとえ準備ができていても、問題が生じた場合に備えて計画を立てておかなければなりません。オリンピックのような大規模なイベントに有効な方策は、技術スポンサー各社から中核グループを支援要員として派遣してもらうことです。
アトランタでは、本人認証のためにバイオメトリクスを利用しようという動きがありました。当時、バイオメトリクスはまだ確立された技術ではなかったのですが、この技術を推進し、バーコードを使うのをやめようという強い要望が出てきました。しかし以前の大会を担当したお偉方が、バーコードを廃止すべきでないと主張したのです。結局、いろんな理由でバイオメトリクスの採用は見送られ、無難なバーコードが土壇場で逆転したのです。
オリンピックでは毎回開催地が変わるため、いつもインフラが問題になります。法律も違えば、技術も違います。人々の歩く速さも違います。こういったさまざまな違いを考慮に入れる必要があるのです。その国の文化への対応や、文化的な違いがIT問題につながる可能性など、いつも学ぶことばかりです。
例えば、今回のオリンピックでは、Xeroxはかつてないほど多数のFAXマシンを使用します。ギリシャではまだFAXマシンが愛用されているという事情があるからです。彼らは電子メールよりもFAXで情報を送信する方が安心だと感じるのです。この要求に対応するために、われわれは機器構成を変更する必要がありました。
またヨーロッパでは電源電圧は220ボルトですが、当社の機器は問題なくコンセントにつなぐことができます。停電が起きた場合に備えて、重要なアプリケーションには発電機を用意しています。
オリンピックにおける技術ニーズは今後も飛躍的に増大するため、ネットワーク要件も高度化し、セキュリティに対する懸念も高まっています。最大の課題は、ウイルスやワームがファイアウォールを通り抜けないようにすることです。
今回の大会では、2万1500人を超える報道関係者が、競技の結果やイベント情報、選手のバックグラウンドなどの情報を収集するために、PCやキオスクを利用してネットワークに接続する見込みです。われわれはこの情報を保護するために、最善のツールと技術を投入する必要があります。大会用に2つのネットワークを用意するのもそのためです。1つは管理用のネットワーク、もう1つは競技用のネットワークで、後者にはミッションクリティカルなアプリケーションが稼働するために強力なセキュリティが施されています。
―― こんなに多くのITエンドユーザーが1カ所に集まることは、そうそうありませんね。選手村でのサポートスタッフや実際のユーザー(電子メールやFAXを利用する選手など)の間の文化的差異や言語などの障壁にITプロバイダー各社はどう対応するのですか?
シェイファー われわれは2年先を見据えて作業を開始するようにしています。そうすることで、文化、言語、仕事にかかわる障壁を理解し、調整する時間的余裕ができるのです。
Xeroxでは、今回の大会に6000台近くの機材を投入し、200人を超えるサービス技術者が機材の運用管理にあたります。大会を支えるこれらの技術者の出身国は、少なくとも20カ国にわたります。これらのスタッフ自身の文化的背景、そして彼らが大会期間を通じて新しい環境にどう適応するかといったことも考慮に入れる必要があります。このため、彼らを早い段階で現地に派遣し、人間関係、業務プロセス、交通など彼らが直面するさまざまな問題についてトレーニングを受けさせます。
オリンピックでITをサポートするというのは、異なる国々や文化的背景の人々が、世界の統合を目指すイベントで共同作業をするというユニークな機会を提供するものです。われわれは外の世界では競争相手かもしれませんが、オリンピックという世界では互いに協力しなければ成功することはできません。われわれが提供する技術はそれぞれ、ほかのベンダーが提供する技術に依存しているのです。
オリンピックにおけるIT技術というのは、巨大なリレー競走のようなものです。水泳選手がゴールラインにタッチすると、Swatchがタイムを記録し、そのデータはAtos Origin(訳注:フランスのIT企業)のネットワークを通じて送信されます。審判はそれを見て問題なしと判断すれば、データがPRD(配布用印刷)システムに回され、Atosネットワークを通じてXeroxのプリンタに送られます。そして配布係が印刷物を受け取り、役員や報道関係者に配ります。
このどれか1つでもダウンすると、すべてが水の泡です。大会を成功させる上でテストプロセスが非常に重要なのはそのためです。それが分かっているために、われわれは1998年からチームとして準備を進めてきたのです。各スポーツ連盟やマスコミとも絶えず連絡を取り合っています。われわれ自身も、オリンピックで競技している選手のようなものです。“われわれの”レースに勝つためには、チームとして行動しなけばならないのです。
―― 今年の大会ではITをめぐる状況に違いは見られますか?
シェイファー 非常に短期間のうちに大会の規模が2倍近くに膨れ上がり、技術に対するニーズが急激に拡大しました。アテネの環境は比較的分散しており、スタッフの業務も細分化されているため、輸送などのロジスティクスの面で難しい問題があります。市内の交通系統は非常にややこしく、移動は容易ではありません。
今回のオリンピックではセキュリティ対策が強化され、これはネットワークおよびその上を流れる情報にも適用されます。Xeroxはほかの主要ITプロバイダーと共に、セキュリティを最優先して慎重にネットワークを設計、構築しました。オリンピック専用ネットワークは、ワームやウイルスのリスクを避けるためにインターネットから隔離されています。しかし、万一の攻撃に素早く対応するためのバックアッププランも幾つか用意しています。
―― オリンピックにおけるテクノロジーは、以前と比べてどのように変化しましたか?
シェイファー オリンピックにおけるテクノロジーは、ビジネスでのそれと何ら変わるところはありません。年々、高速化し、改善され、洗練されています。
しかし時として、最も単純な改良が最大の効果をもたらすことがあります。われわれが報告書を作成すると、ボランティアの配布係がそれを整理棚のところに持って行き、読みたい人はそこから取るわけです。以前は、これが少なからず混乱を引き起こしていました。整理棚の前で配布係と報道関係者がしょっちゅうぶつかっていたのです。そこで、整理棚の後ろ側の板を取り外し、配布係が一方から報告書を入れ、報道関係者が反対側からそれを取り出すようにすれば問題が解決することに気づいたのです。これはあまり技術的な改良とは言えませんが、人々がぶつかる回数はずっと減るでしょう。
Copyright(C) IDG Japan, Inc. All Rights Reserved.