P2Pソフト開発、どこまでが“違法”なのか

ソフト開発者が逮捕・起訴されたWinny事件。ソフト開発が違法行為に問われないためには、どういった点に注意すればよいのだろうか。専門家が議論した。

» 2004年09月15日 09時00分 公開
[岡田有花,ITmedia]

 P2Pソフトの開発は、どこまでが違法なのか――日本ソフトウェア科学会が9月14日、東京工業大学で開いたチュートリアル「P2Pコンピューティング−基盤技術と社会的側面−」のパネルディスカッションで、技術者5人と法学者がP2P技術の法律的側面について話した。

 参加したのは、ネット上の契約や著作権法に詳しい成蹊大学法学部の塩澤一洋助教授、産業技術総合研究所グリッド研究センター・セキュアプログラミングチーム長の高木浩光氏、同センターの首藤一幸氏、科学技術振興機構の阿部洋丈研究員、NTTサービスインテグレーション基盤研究所の亀井聡氏、デジタルドリームの近藤治社長。

左から首藤一幸氏、高木浩光氏、阿部洋丈研究員、亀井聡氏、近藤治社長、塩澤一洋助教授

Winny開発者逮捕は、技術者を萎縮させたか

 阿部研究員は、P2P技術を利用した匿名プロキシ「Aerie」を開発。ソースの公開を予定していたが、「2ちゃんねるの名誉毀損訴訟や、Winny開発者逮捕事件などをきっかけに、ソース公開を思いとどまった」(阿部研究員)。

 Winny開発者の逮捕は、P2P技術の研究を萎縮させると懸念されている。Winny開発者の初公判でも弁護側はこの点を強調し、「有罪になれば日本のP2P技術開発を遅らせる」と主張した。

 実際、阿部研究員のように、ソフトのソース公開を凍結させたケースもある。「ここまで膨らんできたP2Pムーブメントが一気にしぼんだという感覚はある」(高木氏)。

 しかし「研究者は意外とたくましい」と亀井氏は言う。「P2Pが危険視され始めて以来、同様の技術の研究タイトルには“P2P”の代わりに“グリッド”や“オーバーレイ”と付けてしのいでいる」(亀井氏)。また、阿部研究員も、「Aerieのソース公開はやめたが、論文の執筆や研究は続けている」(阿部氏)。危険な技術であっても、研究室で研究し、論文を執筆するだけなら問題はない。

 技術者の間では、Winny開発者逮捕はそれほど大きなブレーキにはなっていないというのが大方の見方のようだ。

どこまでやれば犯罪なのか

 Winny事件を受け、どんなソフトなら開発OKで、どんなソフトがダメなのか、ガイドラインが欲しいという技術者も多い。

 塩澤助教授は「ソフト開発時、社会的に認容される形で作るのが重要」と言う。特に、合法・違法両方に使えるソフトを開発した場合は、違法利用を防ぐための対策をとる義務が技術者にはあるという。

 「原子力発電所でも包丁でも、悪いことに使える可能性を持ったものを作った人は、間違いが起きないように高度の注意を払う義務がある」(塩澤助教授)。

 例えばWinnyは、高度な匿名性を保てるため著作権法違反に使われやすいほか、削除のコントロール機能がないため、一度流出してしまったファイルは回収不能。「児童ポルノや個人情報など問題のあるコンテンツが流通しても、止めようがない」(高木氏)。塩澤助教授は、Winny開発者がこういった危険性を認識しながら対策をとっていなかったとすれば、注意義務を果たしていなかったと言えるのでは、とした。

 Winny開発者は、Winny開発は技術的な実験だっと主張しているが、「研究対象と、実装して世の中に出すものは分けるべき。この境界を中途半端にしたままだったWinny開発者が目の敵にされるのは仕方がない」(塩澤助教授)。

 また塩澤助教授は、技術者が新技術を世に出す前にやっておけばいいこととして「特許を取ること」を挙げた。日本では特許に対する信頼が比較的厚く、特許を取っておけば世論を味方につけやすいため、罪にも問われにくくなるのではないかとの考えだ。

著作権法とP2Pの相性はいい

 著作権法とP2Pの相性は決して悪くないはずだと塩澤助教授は言う。

 「著作権法は、著作物を作る人、使う人双方の利益のバランスを取ることで、文化の発展に寄与することが目的。P2Pも、著作物を効率的にシェアすることで、文化の発展に寄与するもの」(塩澤助教授)。

 ただ、現在の著作権法は、著作者の権利の保護に傾きすぎてバランスを崩しており、文化の発展に寄与するという目的に反するものになりつつあるとも指摘する。

釣り合っているべき天秤がバランスを崩しているのが現状

Winny開発者、無罪の可能性

 また、塩澤助教授はパネルディスカッション前の講演で、Winny開発者の無罪の可能性についても話した。

 著作権法違反ほう助の罪で起訴されている開発者だが、(1)ほう助の故意の立証が可能か、(2)被ほう助者(著作権法違反の実行犯)が誰か認識している必要がないか、(3)罪刑法定主義に抵触しないか――という3点で、無罪の可能性があるという。

 (1)は既に、公判での争点になっている。初公判で検察側は、開発者のネット掲示板上での発言などを引き合いに、「著作権法違反行為を増長させることを意図し、確信犯的に行っていた」と故意を主張。これに対し弁護側は「技術的な実験にすぎない」と否定した。今後の公判でも故意の有無をめぐって争われることになりそうだ。

 (2)について、「例えば教唆罪の場合は、教唆者は被教唆者を認識している必要がある。ほう助の場合も、被ほう助者を認識している必要があるのではないか」と指摘した。

 (3)については、刑法第8条「この編の規定は、他の法令の罪についても適用する。ただし、その法令に特別の規定があるときは、この限りではない」が根拠となる。

 刑法8条の「特別の規定」に、著作権法違反の罰則規定(著作権法第119条以下)があたると解釈。それ以外の行為(ソフト開発を含む)は刑法の適用対象外になり、罪には問われないという考え方だ。しかし「今回の裁判では、裁判所がこれを罪刑法定主義違反と判断をすることはまずないだろう」(塩澤助教授)。

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