移行の現場から(2)欧州オープンソース動向第6回

前回に引き続き、オープンソースに移行する際の現実的な問題について触れていく。今回は、公共機関が大々的にオープンソースへ移行する例として話題となったドイツのミュンヘン市を取り上げていく。

» 2005年05月17日 15時20分 公開
[末岡洋子,ITmedia]

課題は技術ではなく、ユーザーの説得

 公共機関が大々的にオープンソースへ移行する例として独ミュンヘン市が話題となったが、独南部にある人口約3.6万人のシュヴェービッシュハル市は、欧州各都市でも比較的早期にオープンソースベースへの移行を開始した。2002年10月のことだ。

 同市でITディレクターを務めるホルスト・ブラウナー氏は、OSSを採用した最大の理由として「非依存性」を挙げる。「(Microsoftの強いる)2年のアップデートサイクルから逃れたかった」とブラウナー氏。1997年ごろにMicrosoftにはないサーバ機能を探していたところオープンソースに出会う。その後コミュニティーベースで知識を得たブラウナー氏は2002年春、Microsoftとの契約が切れるのを区切りに、思い切って市長にOSSへの移行を提案したところ、ゴーサインが出た。

ブラウナー氏

 プロジェクトは、インフラ技術も含め市内11箇所にある416台のPCをLinuxべースに移行するもので、IBM、SUSE(現Novell)、地元システム・インテグレーター事業者らとともに段階的に取り組んだ。期間は2年2カ月。同市のシステムではさまざまなベンダーが提供する合計84のソフトウェア(16ビットのプロプライエタリなものもあった)が動いており、これらソフトウェアの移行はイタリアのNoMachineが開発したNX Serverのオープンソース版「FreeNX」を用いて行った。そのほか、オフィスアプリケーションはOpenOffice.org、WebブラウザはMozilla、電子メールもMozilla-Mail、グループウェアはSUSEのLinux OpenExchangeを用いている。

 移行で難しいことは何か? 「技術面では何も問題がない」とブラウナー氏。あえて問題を挙げるなら、ユーザーの説得だったという。当初、「オープンソース」と聞き、監視を連想したエンドユーザーから、「電子メールが読まれる?」「自分のお気に入りのスクリーンセーバーが使えないのでは?」「ゲームができなくなる?」などの否定的な疑問が噴出した。「人間とは新しいものや変化に抵抗するもの。肯定的に考えてもらうよう務めた」。セミナーやデモ実演のほか、ペンギンピンやKNOPPIXのCD-ROMを配るだけでも、反応は変わったという。

 移行プロジェクトは数カ月遅れたものの昨年末に一応終了となった。「ソフトウェアプロバイダへの依存を減らせるし、セキュリティは向上する。また、市場の競争に貢献もできる」とブラウナー氏は満足顔で言う。

世界の注目を集めたミュンヘン市

 一方、ドイツ第3の都市であるミュンヘン市のシステムは、170種以上のアプリケーションを抱えPCは1万6000台以上。移行プロジェクトは大掛かりなものとなる。ソフトウェア特許などから一時見送りが報じられたこともあり(関連記事参照)、その一挙一動に注目が集まったが、結局は移行に踏み切ることになった。

ホグナー氏

 2004年秋、移行プロジェクト「LiMux」について公の場で説明したミュンヘン市の情報・データ処理オフィスの責任者、ビルヘルム・ホグナー氏によると、移行は市全体のPCをLinuxベースに、アプリケーションをWeb/Linuxベースに移行する。必要に応じてサーバ統合などを行い、システム管理ソリューションを導入する。移行にかけるコストは3500万ドル、うち4割弱をトレーニングに割く。

クローガー氏

 移行を検討するため、同市から技術評価を委託されていたIBM独支社でグローバルサービス公共部門エグゼクティブを務めるボリス・クローガー氏によると、ユーザーの意識をケアするという点では、移行が正式決定する前の2003年末から取り組みを進めていたという。各部門から窓口役として担当者を一人アサインしてもらい、コミュニケーションに注意している上、職員にチラシを配ったり、教育セミナーを開いて緊張を和らげるようにしてきたとのことだ。

 クローガー氏は、Linux人気を受けて同社に寄せられる問い合わせは増えていると明かす。だが、話をしてみると移行の準備が整っていない企業や組織が多いという。「どんなサポートが必要なのか?」「スキルは十分か?」「ディストリビューションはどれにするか?」などの幾つかの項目を逐一確認するだけでも具体的になってくる、とアドバイスする。このような確認作業が後の移行成功のためのポイントといえそうだ。

 さて、6回にわたって欧州のオープンソースの状況について紹介してきた同連載も、次回でとりあえず最終回となる。最終回では、こうした状況を目の当たりにした著者がどのように感じたのかを伝えていく予定だ。

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