ビジュアライゼーション、その極みへ――日本SGI

「ジム・クラークのDNAは日本SGIが受け継いでいる」――日本SGIの和泉氏が語るように、同社では3つのコアコンピタンスを組み合わせてビジネスを展開している。ここでは、ビジュアライゼーション事業部の中核メンバーに最新動向を聞いた。

» 2006年06月12日 00時00分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

 2006年4月、ある企業のトップが1つの大きな発言を残した。「もはやわれわれはハードウェアベンダーから脱却した。しかし、(SGI創業者の)ジム・クラークのDNAは日本SGIが受け継いでいる」──日本SGI代表取締役社長CEOの和泉法夫氏の言葉である(関連記事参照)。このことは、米SGIが連邦企業再生法第11条の適用を申請したことと併せて考えると、理念を受け継ぎつつも独自の道へと歩み出したことを意味している。

 そんな日本SGIの現在のビジネスを見てみると、米航空宇宙局(NASA)のProject Columbia、日本であれば原子力研究所や東京大学物性研究所、さらに東北大学流体科学研究所などに代表されるようなスーパーコンピューティングのほか、メディア・ブロードバンド、そしてビジュアライゼーション3つのコアコンピタンスを組み合わせてビジネスを展開している。組み合わせの例を挙げると、東北大の次世代融合研究システムでは、スーパーコンピューティングとビジュアライゼーション、2006年5月にマツダから受注した「商談支援システム」は、メディア・ブロードバンドとビジュアライゼーションといった具合だ。ちなみに、この3本柱に属する各製品やソリューションを複合的に組み合わせたものを体系化したのが「SiliconLIVE!」になる。

 今回、ビジュアライゼーション事業本部本部長の橋本昌嗣氏をはじめ、日本SGIビジュアライゼーション事業本部の中核メンバーに集まってもらい、話を聞く機会を得た。

今回お話を聞いた4人。左から平井氏、畠山氏、橋本氏、柿本氏

 「ものごとをイメージで示すことにより、複数の人に対して即座に伝えたいことを的確に伝える」手段としてビジュアライゼーションの意義は大きいと橋本氏。いかに見せるか、に重きを置き、そこからビジネスモデルを提案、ハードウェアからソフトウェア、運用保守まで一貫して行うのが、ビジュアライゼーション事業部の基本的なスタンスだ。

橋本氏 「可視化する前に本質をとらえるため、顧客のビジネスの根幹となる部分から理解を共有する必要がある」と橋本氏

 橋本氏は、5月に発表したマツダの商談支援システムがコンテンツを統合的に取り扱うということが実現できた事例であり、これこそがSiliconLIVE!のコンセプトを体現していると話す。そして、この事例を手掛ける中で、社内のさまざまな部署を駆け回ったことが、SiliconLIVE!の誕生に結びついたのだと話す。

 「これまで日本SGIでは製造業におけるビジネスを展開していく中で、設計、製造のプロセスを理解してきた。マツダの事例においても、社内のさまざまな部署と調整をしながら進めたが、そこで分かったのは日本SGIが実に広いビジネスプロセスをサポートしていたということだった。それらをまとめ、一気貫通で提供しようとするのがSiliconLIVE!」(橋本氏)

ビジュアライゼーション事業本部ではさまざまなビジネスを展開しているが、今回の取材にチーフ・グラフィックス・コンサルタントで情報理工学博士の柿本正憲氏が出席されたことは大きな意義があるように思える。同氏はOpenGLと言えばこの人、とも言われるほどOpenGLに精通している人物だ。

 実は、日本SGIが手掛けるビジネスの多くが、何からの形でOpenGLと関連している。ジオ技術研究所の3次元地図データを、高速表示エンジン「Soarer」と組み合わせることで高速なハンドリングを可能にした地形表示エンジン「GEO-Element」はその広がりも多彩とあって代表的なものとして挙げられるが、そのほかにも、デザインレビューのソフトウェアであるSolid Clipや、裸眼立体視を行うために日本SGIが開発したISL(Interactive Stereo Library)など枚挙にいとまがない。

 3D CADで作った3次元モデルを利用した視覚的なデザインレビューが製造業に浸透しているが、デザインレビューのソフトウェアはまだ成熟していないと話す柿本氏。同氏を中心に日本SGIが開発した3Dモデルのデザインレビューソフトウェアが「Solid Clip」だが、現在、同ソフトウェアに日本SGIが持つ最新の可視化技術を投入し「DesignCentral」と呼ばれるソフトウェアの開発を行っているという。

 同じOpenGLを根幹としたソフトウェアではあるが、Solid ClipやDesignCentralが主に表示部分に主眼を置いたものである一方、GEO-Elementは、大規模データを効率よく扱うためにディスクとのやり取りに重きが置かれていると柿本氏は話す。そして、Soarerの技術をほかの技術、例えばGoogleEarthと連携し、GIS(Geographic Information System:地理情報システム)への取り組みを強化したいとも語る。

 今回の取材に柿本氏が出席したのも、OpenGLをコアとしたビジネスの広がりが今後も見込めると日本SGIでは見ており、「OpenGLを根幹から支えるエンジニアは変わらぬ日本SGIにいる」というメッセージを伝える狙いがあったように思える。

 ビジュアライゼーション事業本部副本部長の畠山和敏氏は、美術館などの公共施設とVRを絡めた多目的用VRシステムの展開を示唆、併せて、デジタル放送への取り組みにも含みを持たせる。

「現状のSD(480p)からHD(1080i)に変わることで、システムも大きく変化する。そこでは大きなデータのハンドリングが必要となるが、それはわたしたちが長年やってきたことであり、活用できるノウハウが多く存在する」(畠山氏)

 加えて、日本SGIの株主であるソニーとキヤノンマーケティングジャパンが、HDの4倍となる「4K」(横4096画素、縦2160画素)を扱えるプロジェクター、次世代の大画面薄型ディスプレイとして期待される「SED」をそれぞれ製品のして持つことを考えると、デジタル放送の市場において日本SGIが非常にいいポジションにいると自信を見せる。

開発とデザインの融合

 「日本SGIの中で、わたしはかなり柔らかい場所にいる」と話すのは、この5月に日本SGIに入社し、ビジュアライゼーション事業本部でインダストリアルデザインコンサルティングに従事する平井直哉氏。国内の自動車メーカーにおいてカーデザインなどを担当した後、大手ゲーム制作グループでスーパーバイザーを担当するなど、日本SGIからすると異色の存在だ。

平井直哉氏 「紙と鉛筆、そしてクレイでデザインを行っていたところに現れたSGIのハードウェア、ソフトウェアは黒船、もしくはオーパーツのようにデザイナーの目には映りました。そのフォルム1つ取っても、SGIは常に何か可能性を感じさせてくれた」と平井氏

 「デザイナーにとって可視化とは、上司または会社にアピールするツール」であると同氏。しかし、そうしたツールとなるデザインレビューなどのソフトウェアは、エンジニア中心で開発した場合、高性能ではあるが、開発した担当者の都合に合わせたものになることが多く、デザイナーからするとシステムとしての使い勝手が悪いということが往々にして起こるという。自身のキャリアから自動車産業のデザインという限定した場所での話にとどめたが、開発者と現場、そのギャップを埋めるのが自分の役割であると話す。

 「可視化技術の開発に当たって、そこにデザイナーの思いを入れることで、導入時における障壁をなくすことができる。つまり、より簡単に、より直感的に、より分かりやすく、“難解から簡単”なものにしていくために、日本SGIの中でプロダクトデザインができる人材がいてもよいのではと思ったのです。GUIのデザイン1つにもこだわりをというのがSGIクオリティーなのです」(平井氏)

 また平井氏は、「コンテンツは再利用してこそ価値がある」とし、それを実現するのがSiliconLIVE!であると話す。すでにソフトウェア開発においては、再利用が可能であることを念頭に置いて開発を行うケースが増えてきているが、これをソフトウェア業界だけの話にとどめず、コンテンツのライフサイクルにも適用しようというのがSiliconLIVE!と言えるのかもしれない。

ナイトライダーの世界を現実に

 これまでの話から、同事業部では、「防衛・防災」「大学・官公庁」「研究機関」「製造業」「放送・通信」といった市場セグメントを注視しているように思えるが、特に注目している市場は? との問いに、自動車産業と防災を第1に挙げる橋本氏。同氏は自動車産業、特に「車載」というキーワードで次のような話をしている。

 「ナイトライダーの世界を実現したいのです。自動車の中には数多くのコンピューターが存在し、CAN(Car Area Network)を構成しています。例えば、タイヤがパンクした際、その車の3Dデータを表示させ、『この部分が故障しました』といったような情報をイメージとしてドライバーに伝達するような3次元のインタフェースを提案したい」(橋本氏)


 6月21日から23日まで東京ビッグサイトで開催される「産業用バーチャルリアリティ展」(IVR展)、そして6月28日に恵比寿にて開催される「SiliconLIVE! フォーラム 2006」と、日本SGIの最新動向を目にできるイベントがめじろ押しとなっている。IVR展においては日本SGI単独でのブースは構えないようだが、平井氏が入社したことによる変化がさっそく感じられるようなものが見られるという。

 「いいソフトウェアを開発しても、特定顧客向けに開発されたオートクチュールだとなかなか一般の目に触れる機会がない。今回は、日本SGIの取り組みの象徴になるものをお見せしたいと思う」と橋本氏は話している。

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