W杯、ピッチの裏で繰り広げられるオペレーターの戦い(2/2 ページ)

» 2006年06月12日 19時49分 公開
[高橋睦美,ITmedia]
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短期間で構築、撤去という特殊要因

 ワールドカップのネットワークにはもう1つ、企業ネットワークと大きく異なる要因がある。あくまで大会のための「テンポラリ」なインフラであり、短期間のうちに構築し、かつ大会日程の進行にともない、試合終了後は迅速にネットワークを撤去しなければならない点だ。

 「5月中旬まで試合があったブンデスリーガの日程との兼ね合いもあって、インストールには時間が約3週間しかなかった。逆に、大会終了後は3日間ですべてきれいに撤去し戻さなくてはならない」(リナーバーガー氏)。これには「侵害を受けないようにするためというセキュリティ上の理由もある」(同氏)という。

 しかも、前回の日韓ワールドカップでは、会場の多くは新たに構築されたスタジアムであり、ネットワークインフラの組み込みを最初から考慮することができた。これに対しドイツ大会の会場の中には、既存のスタジアムを改築したものも含まれている。さらに「中には、歴史的建造物として指定されているスタジアムもある。このため機器設置のスペースやケーブリングなどの面で工夫が必要だった」(リナーバーガー氏)

 Avayaではこの問題を、前述の通りテストを入念に繰り返すことで解決した。ただ、短期間のうちにさまざまな機器を正しい場所に輸送するというロジスティクスの問題は残る。

 ケリー氏によるとFIFAでは、独自の輸送手順を作り上げるとともに、ロジスティクス支援用のWebアプリケーションも構築し、短期間での構築/撤去を行えるようにしたという。このアプリケーションでは、空港とトラック、ホテルにまたがり機器の移動状況をトレースし、あらゆる関係者がそれを確認できるようにした。

安定した運営を支える監視の目

 こうして作り上げられたネットワークのパフォーマンスや障害、セキュリティ状況を常時監視しているのが、ITコマンドセンターだ。同センターは大会の前半はミュンヘンに置かれ、後半は決勝戦が行われるベルリンに移動する。

 このセンターにはネットワークおよびセキュリティを監視するスタッフが常時詰め、円滑な運営に努めている。

ITコマンドセンター 大会ネットワークの運営を支えるITコマンドセンター
ネットワーク監視 ネットワーク監視画面には、ドイツ全土にまたがるネットワークの状況が表示される

 ネットワーク状況の監視には「HP OpenView」やAvayaの「Converged Network Analyzer」が活用されている。IPテレフォニーも含めネットワークのパフォーマンスを監視し、障害を検出するもので、「リアルタイムに障害を検出して機器レベルで切り分け、SLAを満たしているか、どのような障害が発生しているかといった事柄を把握できる」と担当者は述べた。

 セキュリティの確保も大きな課題だ。ただ、AvayaのFIFA担当ITディレクター、ダグ・ガードナー氏によると、FIFAのセキュリティに対するフォーカスはここ数年で「変化してきた」という。

 その要因の1つが、IDカード発行に用いられる個人情報の存在だ。IDカードは、大会運営のセキュリティ上「最も基本的なツール」になる。そしてカード発行アプリケーションには、大会関係者やメディア、ボランティアなど、20万人以上の個人情報が登録されることになる。これは悪意ある攻撃者にとって十分魅力的なデータだ。「それらセンシティブで重要な情報を保護していく」(ガードナー氏)

 一方で、攻撃者の自己顕示欲からDoS攻撃も仕掛けられる。前回の日韓ワールドカップでもコンフェデレーションズカップでも、大会ネットワークに対するDoS攻撃があったということだ。ただしいずれも「不成功に終わった」と担当者。今回もIPSをはじめとするセキュリティ機器を通じて常時監視を行い、「問題が検出されれば数秒以内にその部分を隔離する」といった形で対処していくという。

 セキュリティに関しては、大会ネットワーク外部からの攻撃はもちろん、内側からの脅威にも対策が必要だとリナーバーガー氏。「コンフェデレーションズカップの際には、ウイルスに感染したノートPCが大会ネットワークに持ち込まれ、感染を広めたケースがあった。この時は原因となったネットワークエリアを隔離することで対処した」(同氏)

セキュリティ ITコマンドセンターのセキュリティ監視画面

 6月9日には開幕戦が行われたが、その日もネットワークは円滑に動いていたとリナーバーガー氏は言う。「2年前から200人以上のスタッフが『どんなネットワークにするか』『何が必要か』というディスカッションを重ね、実現に向けて動いてきた」と同氏は述べ、7月9日の決勝戦までのネットワーク運営に自信を見せている。

 6月12日夜にはいよいよ、サッカー日本代表がオーストラリアと対戦する。その裏側では、ネットワークオペレータたちが、ワールドカップのネットワークの「信頼性」や「セキュリティ」確保のために戦いを続けている。

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