垂直磁気記録方式(すいちょくじききろくほうしき)テクノロジとトレンドを理解するための今回のキーワード:(3/3 ページ)

» 2006年08月07日 23時00分 公開
[小林哲雄,ITmedia]
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データが安定する垂直磁気記録方式

 これに対して、垂直磁気記録方式はデータの並べ方そのものを変えた記録方式だ。従来の磁気ループはメディアの表面にとどまっていたが、これをメディアの厚み方向に磁力線を通すことによって、記録の方向を記録面に沿った水平から垂直へと変えたのが、垂直磁気記録方式となる。

 AFCは厚み方向で磁石の向きを変えて引き合う(安定方向)状態を確保しているが、データの並びそのもので見れば反発している。

 これに対して、垂直磁気記録方式は隣り合うデータそのものが引き合うため安定した状態になっており、データを小さくしても熱による喪失の恐れが激減する。同じ向きの記録が長く続く場合はデータが弱まる可能性もあるが、これはデータの記録に工夫を行い、同一方向のデータを長くしないエンコードにすればよい。

 垂直磁気記録方式は1977年、東北大学電気通信研究所の岩崎俊一教授によって提唱された。当時の実証は薄いディスクを2つの磁気ヘッドで挟み込んだ形で行われたが、HDDのメディア厚では利用できないだけでなく片面記録になるため、HDDでは別の方法が採用されている(図3)。

 水平磁気記録方式が記録を行うのに重要なのは記録ヘッドのギャップだが、垂直磁気記録方式では記録ヘッドの構造が大きく異なり、記録を直接行うメインポールと、磁力線ループの回収となるリターンポールに大きく分かれており、これらは従来よりも幅がある。

 記録ヘッドに電流を流すとメインポールから出た磁力線はメディアの記録層を突き抜け、記録層の下に設けられた軟磁性層に入り、軟磁性層の中を通過した後にまたリターンポールへと戻る。つまり磁力線は記録層を2回突き抜けることになる。

 ここでメインポールとリターンポールの面積に差を持たせるのがポイントで、メインポールは狭く、リターンポールは広くする。このようにすることでメインポールから出た磁力線は単位面積あたりのパワー(磁束密度)が高く、記録層の磁化反転が起こせるが、リターンポールへ戻った磁力線はパワーが低く、適切な設計によってリターンポールでは記録が行われないようにすることが可能となる。

 軟磁性層は水平磁気記録方式ではなかったものだが、これは磁化されずに磁力線をよく通す物質であればよい。軟磁性層によって磁性層の下に仮想的な記録ヘッドを作り、1つの磁気ヘッドで垂直磁気記録方式が実現できるようになった。一方、読み出しヘッドには従来の水平磁気記録方式と同じGMRやTMRヘッドが利用でき、HDDのパーツとしては記録ヘッドとプラッタを変えることによって垂直磁気記録方式が可能となる。

「水面下」では難しい垂直磁気記録方式

 垂直磁気記録方式は夢の大容量化を実現すると言われつつ、長い間商品化が行われなかったのは、量産に向けての技術的ハードルが高かったからだ。

 シーゲイトの垂直磁気記録方式を採用した製品では、記録ヘッドのメインポールとリターンポールでは約1:600の面積比があるという。計算上、メインポールとリターンポールにおける磁束密度は600:1になり、これによってリターンポールでは磁化記録が発生しないようにしている。

 リターンポールの面積を稼ぐために回転方向だけでなく、横方向もトラック幅の何倍も広くしているが、ここでリターンポールへの磁束分布が著しく不均一になると、期待通りの磁束密度にならず、リターンポール側でも磁化記録できるだけの磁束密度の高い場所が発生することがある。

 このため場合によっては書き込んでいるトラックと大きく異なるトラックのデータに悪影響を及ぼし、書き込んでいるトラックから大きく外れたエリアに異常データを書き込んでしまう可能性があるため、リターンポールの磁束分布がなるべく均一になるようなヘッド形状に工夫が必要になる。

 また、プラッタ側に関しても記録層の下に軟磁性層を作る必要があるが、これも不均一な部分があると、そこに磁束が集中してしまい、利用できなくなるトラックが発生してしまう。記録層の均一さが求められる一方で、さらにその下地(軟磁性層)にも均一さが求められる。

 試作段階ならともかく、量産で一定の品質を保つのが難しいということも垂直磁気記録が30年近く市場に登場しなかった理由の1つといえるだろう。実際、製造工程ではこれら記録用プラッタのチェックがより厳密になり、検査時間も伸びる傾向にあるという。

 シーゲイトがエンタープライズ向けの垂直記録方式採用の製品を発表した理由としては、製造における歩留まりが好調で、垂直磁気記録方式製品の製造ノウハウがたまったこと、垂直磁気記録方式製品を多く出すことによる共通化が進めやすいこと、そして大容量製品を出すことによってより高い平均販売価格を維持できるということが挙げられる。また、同製品は15000rpmの高回転モデルであるため、プラッタのサイズは通常の3.5インチHDDよりも小さく、大容量化のためには垂直磁気記録が最適だったこともあるだろう。

 さらに、その後に発表されたパソコン市場向け3.5インチドライブではプラッタ4枚で750GBの製品を投入し、単純計算で128Gbit/平方インチの密度を実現した。シーゲイトだけでなくライバルメーカーも製品を投入しつつあり、数年を待たずに「HDDの記録は垂直磁気記録方式」の時代に移行すると考えられる。

このコンテンツはサーバセレクト2006年8月号に掲載されたものを再編集したものです。


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