高解像度の動画・静止画、音声データなどのリッチコンテンツを対話型のコンテンツとして統合・表示するソフトウェア「VizImpress」。次世代型のプレゼンテーション環境を可能にするこのシステムを2004年に導入、天気予報など番組で使用している大阪市北区の朝日放送で話を聞いた。
関西エリアの放送局・朝日放送。同社では2004年より、天気予報で視聴者に向けてさまざまな情報を表示するモニタに、日本SGIの対話型リッチコンテンツ統合プレゼンテーションソリューション「VizImpress」を採用。現在、帯番組を含め朝夕計3つの番組内の天気予報コーナーで、VizImpressによる表示、演出が行われている。
放送という分野におけるVizImpressの存在価値はどこにあるのか? その導入に至った過程と、実際に運用されている現場の実情、そしてVizImpressを生かした今後の戦略などに関して、朝日放送技術局局長エンジニア兼開発部長の香取啓志氏と技術局開発部の中山裕氏に話を聞いた。
2004年、朝日放送(以下ABC)では自局で制作する天気予報というコンテンツにおいて、タッチパネル式の大型ディスプレイモニタを用いた企画が以前より検討されていた。そんな折、以前よりの懸案事項であったHD-SDI(High Definition Serial Digital Interface)入力に対応した高精細プラズマディスプレイが松下電器より発表され、それと時を同じくしてHD-SDI対応のグラフィックボードもNECからリリースされた。
「そうなると、この企画を実現するソリューションとしてはもうVizImpressしか浮かばなかったんですよ」と中山氏は言う。従来より局内のさまざまな技術部門で取引があった日本SGI。その日本SGIが提供するVizImpressは、業界に先駆けてフジテレビなどが採用していたこともあり、注目していたという。それが、HD-SDI企画に対応したハードウェアがリリースされたこのタイミングにおいて、まさに企画の要として採用されたのである。
導入されたVizImpressを使っての天気予報コンテンツは、まず平日夕方からの帯で放送される同局の情報番組「ムーブ!」で用いられた。同番組において、同局が持つ天気情報のデータベースから、VizImpressへと自動でデータを取り込み、リアルタイムの情報と、あらかじめ用意されたテンプレート、そこに現場レベルで設定される動的なコンテンツを絡ませての画面作りというフローでの運用が可能であることが確認された。これにより、自動化するべきところは自動化し、スタッフに早朝出勤などの過度の負担を強いることなく、いわゆる「仕込み」が可能であるということで、朝の情報番組「おはようコールABC」への導入も決定された。
VizImpressの持つ大きなメリットとして、PCベースでの入力を念頭に置き、容易な操作を可能にしたインタフェースが挙げられる。基本的なテンプレートを作りこめば、後の細かい設定や動きの作りこみは、実際に番組内でモニタを使うアナウンサーやキャスターが自ら行えるのである。感覚としてはパワーポイントでのプレゼンテーションに近いものがある。VizImpressではそれを、パワーポイントでは不可能なHD-SDIでの出力に対応した形で行えるのだ。
さらに、「当たり前のことのようですが」と香取氏は言う。
「それで『落ちない』というのが重要」
HD-SDI規格の巨大なデータ容量を滑らかに、かつダウンせずに稼働させる。生放送である天気予報というコンテンツにおいて、これは極めて重要な課題である。中山氏は「圧縮技術がすごいのだと思うのですが」と前置きし、「意識せずに大容量データを扱え、かつダウンしない。生放送というリスクを考えるとこれまでならできなかったことができるようになったのは、大きなポイント」と評価する。
優れたインタフェースとシステムへの安心感。これらの要因からABCでは、VizImpress導入の初期段階から、画面の作りこみなどに関して、前述したように実際に番組内でモニタを使うアナウンサーやキャスターに多くの部分を託した現場運用を行ってきた。これにより、オペレーターと技術のみで作りこんだ画像を使用した場合とは違い、よりライブ感に溢れた番組作りが可能になったのである。
番組内で、キャスター自らがタッチパネルなどの入力を操作して情報を伝えるという同局の現在の天気予報のスタイルを、中山氏は「キャスターにとってのTV型のリモコン」と表現する。キャスター自身が、自らの進行を想定して設定した「リモコン」を、文字通り番組内でコントロールしながら進行する。従来の、オペレーターが操作する画面に合わせての進行に比べると、ライブ感において格段の差があるのは言うまでもない。加えて、キャスターのパーソナリティを出しやすいのも、VizImpressを使っての番組進行のメリットだという。
「これからは、天気予報などのコンテンツでもこうした『キャスターのパーソナリティ』を出した番組作りをしなければ、テレビという媒体は生き残っていけない」と香取氏は言う。その背景にあるのは、やはりWebとの差別化という、今やテレビ業界にとって不可避な課題。ことに、天気予報に代表される、ある意味「情報が分かればそれでいい」コンテンツに関しては、「Webで十分」と考える層が増加していく可能性を否定することは難しい。
「だからこそ、テレビの天気予報ならではの存在価値が必要」と香取氏。見やすく、分かりやすく、タイミング良く。そこに「この人の天気予報」というパーソナリティが加わることにより、Webにはない魅力を演出していかなければならない。そういう意味において、VizImpressという仕組みは、放送局においてはWebとの差別化を可能にするツールでもあると香取氏と中山氏は捉えているという。
ABCで現在使用されているVizImpressは、「i-browser」という静的コンテンツを中心に構成するソフトウェアを使用しているが、次世代VizImpressである「enVision」においては、動画を扱えるようになる。現在、日本SGIからenVisionソフトウェアが貸し出され、その運用に関して実証実験中のABCであるが、この次世代VizImpressに寄せる期待は大きい。
実証実験段階で一番の課題となっている、「外部入力の動画を、問題なく出力できるか」という点がクリアになれば、あらかじめ仕込まれたコンテンツに、リアルタイムでの外部入力動画を絡ませ、より臨場感溢れる天気予報番組を提供可能となる。例えば、地図上に示された各地の警報情報に対し、ある場所をタッチすれば、その現場からのライブ映像が大きく表示されるなど、極めて動的なコンテンツ制作が可能になるのである。
Web 2.0を経て既にWeb 3.0が謳われ、いっそうのユビキタス化が進行することが予測される将来において、通信との連携も考慮に入れ、その独自の存在価値を見出すべき放送業界。この業界においてVizImpressは、その中の一つの指針を示す存在ということができるだろう。
2008年に現在の北区から福島区に移転するABCは、新社屋においてもVizImpressの導入は既に決定事項だという。
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