夢のモバイルWiMAX端末登場を阻む壁次世代ITを支える日本の「研究室」(2/3 ページ)

» 2007年05月02日 08時00分 公開
[富永康信(ロビンソン),ITmedia]

効率化と歪みのない信号生成に大きなジレンマ

 このような動きが活発な中、富士通と富士通研究所は、モバイルWiMAX用端末に不可欠な送信用増幅器(アンプ)の高効率化に成功したと発表した

 富士通研究所のNGWプロジェクト部で統括部長代理を務める斉藤民雄氏は、「この効果を一口で言えば、モバイルWiMAX端末の通話時間を50%延長し、伝送速度を50%向上させることができる」と説明する。

画像 「新たに開発したアンプは、モバイルWiMAXのジレンマを解消した」と話す斉藤氏

 現在あるモバイルWiMAX端末の試作機では、データ伝送に1時間程度しか利用できないといわれている。アンプの電力消費が端末全体の消費の7割を占め、入力に対して出力の比率が低く、端末の通信時間がこの比率でほぼ決まってしまうのが実用化の壁になっていた。

 効率化を困難にしているのが、WiMAXが採用する変復調技術のOFDM(直交周波数多重変調:Orthogonal Frequency Division Multiplexing)だ。OFDMは送信時のピーク電力が非常に大きく、信号波形の振幅は激しく変化する。平均電力は低いが、瞬間的にピーク電力が発生し、信号に歪みを生じさせる。そのため、アンプはそのピークに応じたものを用意しなければならず、歪みの少ない大電力アンプが必要となる。

 だが、市販のOFDM用アンプは電力効率が10〜20%の実力しかないのが実態で、電力の8、9割は熱になってしまう。これは、現在の3G携帯電話方式と比べて半分以下の効率だ。

 また、信号をきれいに増幅できないと音声などが歪んでしまう。仮に平均が0.7ワットの信号値としても、ピーク時には2.5ワットといった高出力が要求される場合もあり、ピークが低い性能のアンプを使うと音声がきれいに出力されない。

 このような信号の歪みを解決するものとして、デジタル信号処理部で線形化(歪み補償)回路を構成する方法が挙げられるが、回路自体の電力消費が大きく、主に基地局で実用化されており、端末に適用することは考えられなかった。

 「端末ゆえ、バッテリーに負担をかけず歪みのない信号を作るには大きなジレンマがあった」(斉藤氏)

厳しい仕様でも通話時間は“5割増し”

 富士通研究所が開発した新型アンプには、これらのジレンマを解消する技術が用いられた。富士通ではすでに3G基地局用として、窒化ガリウム高電子移動度トランジスタ(HEMT)増幅器で世界最先端の効率を実現してきたが、今回はゲート長を短くする工夫と、結晶の品質を高める技術で高効率のアンプを開発し、従来の2倍の40%に達する効率を実現した。

 「ACLR(*2)の厳しい仕様を満たした状態でも、通話時間にして5割増しとなる」(斉藤氏)

画像画像 富士通研究所が開発した試作機。MPEG2のハイビジョン映像を基地局相当となるボードでWiMAXの信号に変換し、端末用のSoC(System On a Chip)が搭載された評価ボードに転送する(クリックで拡大)

 アンプの構造は、一般的なドハーティ型(*3)を採用しているが、2つの増幅器の1つを小電力向けに、もう1つを大電力向けに役割分担させることで、低い電力レベルから高い電力レベルまで広範囲に高い効率を獲得できたという。

画像 ACLR 48dBを維持しながら電力効率40%を実現した(クリックで拡大)

 また、基地局用の高機能な歪み補償回路をぎりぎりまで小型化することで、消費電力を抑制し、WiMAX端末用に最適化した。

 こうした新技術を組み合わせることにより、高効率でありながら歪みの少ない信号の増幅という矛盾を実現している。

 さらに、「この新型電力増幅方式は副次的効果も生み出した」と斉藤氏。歪みの無い信号は、隣のチャンネルへ漏れ出すエネルギーを抑制し、きれいな信号を出力する。よって、8×8の64QAM(Quadrature Amplitude Modulation:直交振幅変調)化が実現でき、上りの伝送速度を従来の16QAMによる9Mbpsから13.5Mbpsへと高速化したという。


*2 ACLR:Adjacent Channel Leakage Ratio。隣接チャンネル漏えい電力比。帯域外輻射の大きさを表す評価指標。


*3 ドハーティ型:1936年から1950年に、ウイリアム・ドハーティらが開発した、2つの増幅器を並列に並べる高効率アンプ。


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