第16回 オープンソースのマーケティングまつもとゆきひろのハッカーズライフ(1/2 ページ)

エンジニアやハッカーのような中身が分かっている人々にとって、マーケティングは時として醜悪なものに映るかもしれません。しかし、すべてのマーケティング活動がそうであるとも限りません。今回はマーケティングの側面と、オープンソースにおけるマーケティングについて考えてみましょう。

» 2008年07月01日 00時00分 公開
[Yukihiro“Matz”Matsumoto,ITmedia]

マーケティング表裏

 マーケティングはお金に魂を売った人たちのもの、それが言い過ぎなら、ビジネス指向の人たちだけのもの。そんなふうに考えていた時期がわたしにもありました。技術者は技術で勝負。技術的に優れたものを作ればそれで良い、と思っていたからです。しかし最近、少々考えをあらためつつあります。

 確かにマーケティングと呼ばれる活動の中には、ささいなことを大げさに表現したり、技術的にたいしたことのないものをさも素晴らしいことのように表現して、大衆の耳目を集めるのが目的となっているものもあります。エンジニアやハッカーのような中身が分かっている人々にとって、そのような活動はあまり尊敬できるものではありません。むしろ軽蔑(けいべつ)ややゆの対象となることが多いでしょう。

 しかし、すべてのマーケティング活動がそのような「邪悪なもの」というわけではありません。マーケティングには人間の心理的特性に着目し、好意的な反応を引き出すというような興味深い側面もあります。今回はそのようなマーケティングの側面と、オープンソースにおけるマーケティングについて考えてみましょう。

オープンソースとマーケティング

 オープンソースソフトウェア(以下OSS)は、その定義から無償で入手*できる必要があるので、市場の拡大・活性化を目的とするマーケティングとは無縁のようにも感じられます。OSSのユーザーが増えても、その増大に応じた「売り上げ」が上がるわけでもありませんし、ユーザーが増えたからといって開発者が増えるとも限りません。

 しかし、OSSの成功のためには、ある種のマーケティングが役に立つのではないかと最近感じ始めています。効果的なマーケティング手法を使うことによって、OSSプロジェクトの成功確率が高まるのではないかと思うようになったからです。

オープンソースの成功

 「OSSの定義」を満たすライセンスをつけてソースコードを公開したからといって、必ずしも成功するとは限りません。一昔前にしばしば見受けられた「OSSにすればコミュニティーができて、バザールモデル*が成立し、開発サイクルがうまく回る」などという幻想は、現実が知られるにつれて目にしなくなってきました。

 個人的な意見ですが、成功するためにまず必要なのは、何をもって成功とするかを定義することではないでしょうか。もちろん、偶然「成功」することもあるでしょうが、意図的に成功するには、どのような状態を達成できれば成功と見なすかを定めないと難しいはずです。

 では、ここで「OSSの成功」を定義しておきましょう。人によって定義は違うでしょうが、パッと考えつく範囲内では、

  • コミュニティーの成立
  • バザールモデルによる持続的な開発
  • 好きなこと(OSS開発)をやりつつ生活の安定

などがあります。ほかにも、ビジネス的成功など、いろいろ考えられますが、取りあえず今回は前記のような成功に絞って考えましょう。

 これらの成功をまとめると、「持続」というキーワードが登場するような気がします。コミュニティーが成立しないようなプロジェクトは、オリジナルの開発者が延々と孤独に開発を続けることになりがちですし、開発者が飽きてしまえばそれでおしまいです。わたし自身の経験から考えても、外部からのインプットはモチベーションの維持に大変重要です。また、生活の安定も持続のために必要な要素で、学生主体のプロジェクトが主開発者の卒業や就職のために停止してしまった例*もたくさんあります。逆に、持続性が期待できないプロジェクトには参加をちゅうちょされるでしょうし、バザールモデルによる開発も成立しにくいでしょう。つまり、前記の定義に従えば、「OSSの成功とその持続性は、表裏一体である」ということができます。

持続することの難しさ

 「継続は力なり」という言葉もありますが、逆に「それだけ継続することは難しい」ということを意味しています。

 先日調査した結果*によると、Freshmeat.Netに登録されている25841プロジェクトのうち、実に61%に当たる15779プロジェクトが1年以上更新されていませんでした。「取りあえずアイデアを思いついて、プロジェクトを登録してみた」というPlanningレベルでは、実に8割を超えるプロジェクトが停滞しています。

 このデータは、持続的開発が実に困難であることを示しています。プロジェクトをOSSとして公開しても、必ずしもコミュニティーが成立するわけではなく、またそれだけで持続的に開発できるわけではないのです。

 では、持続的開発には何が必要なのでしょうか。重要なのは、開発者の生活の安定と外部からの継続的なインプットだと思います。しかし、これらは鶏と卵のようなものです。つまり、開発者の生活が安定するために仕事を頑張りすぎればOSSを開発する時間はなくなってしまいますし、逆にOSSを開発するために仕事を抑制すれば今度は生活が安定しません。一番良いのはOSS開発者としてどこかの企業に雇用され、OSS開発自体が仕事になることですが、そのためにはOSSそのものの価値が高く評価されることも必要でしょうし、OSS開発が安定している、つまりすでに持続的な開発が行われているかどうかが重視されそうです。持続的な開発のために生活の安定を求めているのに、そのためにはすでに持続的な開発が行われていることを求められるようでは、簡単な解決策はなさそうです。

 では、いったいどうすれば良いのでしょう。

このページで出てきた専門用語

無償で入手

正確には「無償で入手することを妨げてはならない」。有償の頒布が禁じられているわけではないし、配布手数料・複製コストなどを徴収することも認められている。

バザールモデル

1997年5月にEric S. Raymond氏が発表した論文「伽藍とバザール(The Cathedral and the Bazaar)」に登場するキーワードで、有志の開発者が緩く組織化されたソフトウェア開発モデル。Linuxが代表格。

主開発者の卒業や就職のために停止してしまった例

わたしにとって印象に残っているのは、カリフォルニア大学バークレー校で開発されていたSatherという言語。Eiffelの影響を受けつつも、より優れた言語であったSatherだが、主開発者の卒業による開発のバトンタッチに手間取り、とうとう消えてしまった。

調査した結果

2006年3月調べ。


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