IT資産(ITIL的には、正しくは『サービス資産』という。ITIL V3における『サービス資産』の詳しい定義は、本連載記事を参照してほしい)は、ビジネスに必要な道具そのものではない。サービス資産が面倒を見ているのは、ビジネス(またはビジネスサービス)ではないのだ。ビジネス(またはビジネスサービス)に対する便利な道具とは、ITサービスのことである。サービス資産のうち、ハードウェアやソフトウェアといったIT資産の部分は、ビジネスに役立つ道具であるITサービスを創出するための材料として働く(図1)。
例えば、飛行機や新幹線などの予約システムを考えよう。航空会社がお客様(ITIL的には「事業顧客」という)に提供するビジネス(またはビジネスサービス)は、飛行機や新幹線などを利用するお客様に対して簡単、便利にチケットの予約ができることである。この「簡単、便利にチケットが購入する」というビジネスサービスにITが道具として直接応えているかというと、実はそうではない。
お客様が簡単、便利にチケットを購入するというビジネスサービスを満足するためには、次のようなことがらを満足する必要がある。
これらは、お客様が簡単、便利にチケットを購入するというビジネスサービスを満たすのに必要な要素である。これらの要素を満たさなければ、ビジネスサービスを提供できない。そして、これらのサービスを実現させるために働きかけるのが、サービス資産である。サービス資産は自らを材料(リソース)にし、より良い手順や仕組み(能力)を使って、これらのサービスに対する「価値」を創出する。創出した価値を具現化したものが、ITサービスである。上記の要素を満たすためには、次のようなITサービスが必要になる。
重要なのはこれら「サービス」である。サービス資産は、サービス(正確にはITサービス)に対して直接働きかける。言い換えれば、サービス資産は価値のあるITサービスを創出するために存在するのであり、ビジネスそのものに直接役立つ道具ではない。あらためていうが、ビジネスそのものに役立っている便利な道具とは、ITサービスだ。IT資産は、ビジネスの道具であるITサービスに「価値」という命を吹き込むための材料でしかない。ビジネスにとって重要なのは、ITサービスなのである。
図1の下半分を、ITIL的に書くと図2のようになる。この図は「サービス・ストラテジ」に載っている図そのものである。用語は独自の解釈が必要なので、注意してほしい。「潜在的サービス」とは、サービス資産そのものはまだサービスではない、ということを意味している。サービス資産は、潜在的にサービス(ITサービス)を創造し、価値を吹き込むためのリソースや能力を提供するものである。また「潜在的パフォーマンス」とは、サービスが創出されただけではまだ顧客の役にたっているわけではない、という意味である。創出されたサービス(ITサービス)を顧客が自分の資産として受け入れ、ビジネスサービスの役に立つことでパフォーマンスを生み出す。同様に「潜在的価値」とは、顧客がビジネスサービスを持っているだけでは価値になっていない、という意味である。そのビジネスサービスが事業に対する成果を出すことで、ビジネスサービスは「価値あるサービスだ」といえるようになる。
図にはないが、最終的にビジネスサービスに価値が認められ、事業にプラスの成果が出ると、それに見合った対価がサービス資源に対して支払われる。それは新たな投資かもしれないし、インセンティブかもしれない。
ITがビジネスに対して道具としての価値を提供するのではなく、サービスとしての価値を提供するものだ、と考えると、色々なことに“つじつま”が合う。例えばレストランはお客様においしい料理を食べさせるというサービスを提供しているが、10時から21時まで、といったサービス時間が決まっている。また、大変残念なことではあるが、親切な店員がいたり、ぶっきらぼうな店員がいたり、サービスレベルがまちまちなことも事実である。
レストランはお客様のニーズに合わせるためにサービス時間を7時から23時に修正したり、顧客満足度を高めるために店員のサービスレベルを一定以上の水準にキープするための研修を行ったりする。ITサービスも同様である。稼働率99.999%だとか、ソフトウェアに不具合があるかもしれないだとか、その不具合を何時間以内に修復することを約束するだとかといったことは、「ITが提供するのはサービスである」ということを前提にして語られるものなのだ。
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