高い顧客満足を獲得するにはどうすればよいのか? 顧客からの要望にすべて対応すれば、最高の顧客満足を獲得できるのだろうか? 久美は、今まで知らなかったまったく違う方法を知ることになる。
日本アイ・ビー・エムで長年マーケティングマネジャーを担当してきた筆者が上梓した書籍『朝のカフェで鍛える実戦的マーケティング力』から、4回にわたり幾つかの章を紹介します。
本連載では、筆者が業務を通じて学んだことを物語仕立てで整理し、みなさまにお伝えすることで、マーケティングの実際の仕事を実践的に理解してもらうことを狙いとします。
本連載では、「朝のカフェで鍛える実戦的マーケティング力」の一部を加筆・修正し、許可を得て掲載しています
宮前久美:主人公。33歳。中堅会計ソフト会社A社に新卒で入社し、セールスを10年経験した後、希望の商品企画部に異動。職位は主任
与田誠:主人公の叔父。55歳。大手企業マーケティング部長を経て大学院でマーケティングを教えている
井上マユミ:A社で久美と同期のセールス。久美からスズキ建設担当を引き継いだ
大野課長:スズキ建設の会計担当課長。裏表のない実直な性格
久美が商品企画部に異動して4カ月が経った。
異動直後の何が分かっていないかが分かっていない状態は脱した。商品企画部の会議に出ても、何が話されているかが理解でき、自分なりに時々発言できるようになってきた。
叔父の誠とコーチングで学んだことをそのまま発言してもスルーされることが多いが、学んだことを自分なりに消化して、考えた上で発言すると、意見をちゃんと聞いてくれるから不思議だ。
最近、「顧客が本当に望んでいることは何か? わたし達は顧客の期待に本当に応えているのか?」という、自分なりの問題意識が不明瞭ながらも芽生えてきた。しかし、具体的にどのような形で解決すればいいのかは、相変わらず分からない日々が続いていた。
夏らしい暑い日が続くある日、会社が終わると、久美は同期の井上マユミとの食事に出かけた。親友のマユミとは、いつも困ったことがあるとお互いに包み隠さずに相談し合っていた。今日もお互いにどちらが誘うでもなく食事に行くことにした。
銀座に新しくできたイタリアンレストランで待っていると、「ごめんごめん。待った?」と言いながら、マユミが入ってきた。この店は、マユミが選んだ店だ。マユミはいつも新しい店のチェックに余念がない。軽いコースとワインを注文して、近況を報告し合う。
マユミ 新しい仕事、どう?
久美 まあまあかな。マーケティングって初めてでしょ。セールスの時と全然違うんだよね。へこむことも多いけど、セールスにいた頃は知らなかった新しい体験ばかりで、すごく充実してるよ。
マユミ まぁ、自分で希望したことだからね。でもよかった。ちょっと心配していたんだ。
いつもマユミと話すと、話題が色々なところに拡がる。食事が進み、ワインが入るとともに、話題は仕事のことに戻り、マユミが営業部で久美から引き継いだ顧客の話になった。
マユミ そうそう。久美が担当していたスズキ建設さんで、大きな案件があったのは知っているよね。
久美 知っているよ。ウチのお得意さんだから絶対取らなきゃ、って言っていた案件だよね。どうだったの?
マユミ それが、ウチが取れると思ったんだけどね。X社さんに負けちゃったの。
久美 えー、負けたの? 信じられない。
マユミ 今日、連絡があったのよね。でも、状況がよく分からないんだよね。
久美 ウチの社長って、「お客さんの言葉は至上命令だ。お客さんの言うことには必ず対応しろ」って言っているでしょ。スズキ建設さんって、昔からウチの製品を使ってくれているから、要望には最優先で対応していたのよ。お客さんの満足度は高いはずなんだけど。
マユミ そうよね。きつい値引きにもちゃんと対応しているし。しかも、X社さんって、ウチよりも高いし、ウチと違ってスズキ建設さんの言うことをあまり聞かないらしいじゃない。でも、負けちゃったのは事実なの。
久美 X社さんが業界最大手だから、X社さんにしたのかな?
マユミ そんな単純な話じゃないみたい。お客さん、「X社さんって、ウチのいいなりにならないんだけど、評価は高いよ」って言ってたし。
久美 なんで負けたのかな?
マユミ どうも、ウチよりも提案内容がよかったみたい。でも、今日の電話では教えてくれなかったの。
久美は、なぜスズキ建設がウチの会社ではなくX社を採用したのか、どうしても知りたかった。もしかしたら、今悩んでいる新商品を考えるヒントが得られるかもしれない。
久美 マユミ、わたしがお邪魔して、詳しいお話を聞いてもいいかな?
マユミ わたしも知りたかったのよね。久美なら以前担当していたし、いいんじゃない?
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