「末は博士か大臣か」――かつては確固たるステータスのはずだった博士。しかし、今日では、子どもが博士になるのを拒む親もいるそうです。高学歴ワーキングプアとまで呼ばれるようになったのはなぜなのでしょうか。
「末は博士か大臣か」――わたしが子どものころ、少し優秀な子にはきまってこの言葉がかけられていたように思います。それを真に受けたのかどうかは分かりませんが、日本では、博士になろうとする人たちが珍しくない状況になってきました。
文部科学省が調査した2009年度学校基本調査速報によると、大学院の学生数(修士、博士、専門職含む)は26万3976人(うち女子は8万560人)。これは過去最高の数字です。1989年は8万5000人弱でしたから、この20年で3倍近くにふくれあがっています。
こうした現象の背景には、それなりの理由があります。その基になっているのが文部省(現在の文部科学省)が1991年に打ち出した「大学設置基準問等の改正」。その中で、「世界的水準の教育研究の推進」という方針が掲げられており、以下のような内容が書きつづられています。
世界をリードするような研究を推進するとともに、優れた研究者や高度の専門能力を持った職業人を養成するための拠点として、大学院を充実強化していくことです
大学改革の方向性として示されたこの指針に沿って、日本では大学院生を“増産”していくことになりました。結果は冒頭に示したように、3倍近くの大学院在籍者数へとつながりました。
2009年度学校基本調査速報の内容をもう少し細かく見ていくと、2009年3月に大学院の修士課程を修了した者は7万4000人(男子5万2000人、女子2万2000人)で前年とほぼ同数ですが、博士課程を修了した者(所定の単位を修得し、学位を取得せずに満期退学した者を含む)は1万6千人(男子1万2000人、女子4000人)で前年より200人増加しています。優秀な博士が増えているのですから、一見すばらしいことのように思えます。
しかし、博士修了者の進路別内訳は、「就職者」が1万1000人(修了者の64.1%)、「左記以外の者」が3000人(同20.5%)、「死亡・不詳の者」が1000人(同9.1%)等となっています。かつては確固たるステータスであったはずの博士修了者の約4割が常勤の職を持たずにちまたをさまよい、さらに、約1割が社会との接点が確認されることなく姿を消しているのです。学校基本調査では丸められていますが、医学や薬学など、修了が仕事と直結しているケースを除くと、実際の就職率はさらに低いものであるといってよいでしょう。
今日では、大学院の博士課程を卒業しても研究職のポストがなく、非常勤講師や短期雇用のポストドクター(博士号取得後の任期付き研究奨励制度を受けている人)につくことを余儀なくされ、「高学歴ワーキングプア」とさえいわれる事態が進行してています。優れた研究者や高度の専門能力を持った職業人を養成するために大学院生を“増産”した結果、母体集団に対して異常とも思える割合で就職できない者を生み出し続けているのです。
ここで、「博士(はくし)が100にんいるむら」という創作童話があります。創作ではありますが、現実の一面がしっかりととらえられています。一体何がどうなって、こんなことになったのでしょうか。10月の「日曜日の歴史探検」では、高等教育現場のゆがみに巣くうようにして生まれた闇について考えていきたいと思います。
この問題を取り上げた、あるいは大学院とアカデミックな世界についての参考書籍を以下に紹介しておきます。興味のある方はご一読いただければと思います。
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