「情報弱者」をどう救う? どう評価する?萩原栄幸が斬る! IT時事刻々(2/2 ページ)

» 2011年06月18日 08時00分 公開
[萩原栄幸,ITmedia]
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「情報弱者」が生まれる

 例えば、たんすから現金や貴金属、通帳、カードが盗まれたとしよう。かつては、通帳やカードを犯人が“捨てる”ことが多かった。昔の暗証番号には、電話番号や誕生日といった現在よりも緩い番号を使うことが可能で、特に年配者は、番号を忘れてしまうことを一番に恐れていたので、多くの人が簡単に類推できる番号を使いたいと要望していたのである。通帳やカードを“捨てる”ことが多かったのは、犯罪者がATMでそれらを使って現金化しようとしても、その行為を監視カメラで発見できたからである。犯罪者にとって、通帳やカードをATMで不正に使うことは極めてリスクの高いことであった。

 しかし、カードがデビットでも使えるということは、監視カメラがない場所で、現金のように“安全に”お金が使えてしまうことと同じになる。通常は総合口座が対象であり、定期預金の90%までは自動貸越で利用できてしまうので、犯人にとっては好都合であった。当時は、せめて個人あてにその情報を公開し、デビットを希望するだけに機能を追加するという方法を期待した。

 だが協議会は、「全員加入が原則であり、キャッシュカードの暗証番号である4けたの数字がデビットでも使えないと利便性がない」という理由で頑なに拒否したものである。視点は明らかに金融機関の方に向き、情報弱者のことを真剣に考えていないと筆者は感じていた。東京三菱銀行はUFJ銀行と合併するまで協議会に加盟しなかったのである。Jデビットカードの端末機に「東京三菱銀行のカードは使えません。ご注意ください」と表記されることがあったが、それを見て少し複雑な心境になったことを今でも思い出す。

 Jデビットカードのそのような“一枚岩”はだんだんに崩れ、その後に聞く限りでは無条件にデビット機能を付けることやめ、預金者の自己申告制にしたり、デビット用に第二の登録番号や暗証番号を利用できるようにしたところや、独自に利用制限や保証を設ける金融機関が登場することになったのである。全員加入や口座と同じ暗証番号を使える利便性といった当初のポリシーが崩れていったのである。

 私たちは、無意識に「それは当たり前」と思ってしまうことが往々にしてある。筆者はセキュリティや情報犯罪などのテーマから派生して、最近ではクラウドやスマートフォンのセキュリティも講演などで扱うようになったが、ついそのように感じるときがある。今の時代の隠れた富裕層は、実は情報弱者である年配者であることが多い。そして“リッチ”ではなくとも高齢化社会が目前に迫っている。ここで日本独自の考え方を導入しなければ、何もかも衰退してしまうだろう。

 「情報弱者」(一般論としては年配者以外の人も含むが、その中で多いのはやはり「ご老人」である)に対して、何となくその存在を意識させないようするという今の方法ではなく、「経済を潤わせたいなら、情報弱者を積極的に取り込むべし」という発想を持っていただきたいのが筆者の提案である。ビジネスモデルに取り込むくらい気概がこれからの社会に必須になるのではないか。「スマホで一儲けをしたい」という人がいてもよいが、「情報弱者をうまく取り込み、自身も儲ける」という発想の人が少ないと感じるのが残念でならない。

萩原栄幸

一般社団法人「情報セキュリティ相談センター」事務局長、社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会技術顧問、ネット情報セキュリティ研究会相談役、CFE 公認不正検査士。旧通産省の情報処理技術者試験の最難関である「特種」に最年少(当時)で合格した実績も持つ。

情報セキュリティに関する講演や執筆を精力的にこなし、一般企業へも顧問やコンサルタント(システムエンジニアおよび情報セキュリティ一般など多岐に渡る実践的指導で有名)として活躍中。「個人情報はこうして盗まれる」(KK ベストセラーズ)や「デジタル・フォレンジック辞典」(日科技連出版)など著書多数。


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