経済鎖国か、国際化か――富士通の行方伴大作の木漏れ日

富士通は国内中心のビジネスに回帰するのだろうか。もしそうなら、どのようなことが今後起こるのだろう?

» 2011年07月14日 13時51分 公開
[伴大作,ITmedia]

 6月17日、富士通は平成22年度の決算を発表した。同社の業績予想は、売上高が4兆6000億円、利益は600億円だという。

 対する米IBM(2010年、売上高が前年比4%増の999億ドル、純利益は過去最高の148億ドルで前年比10%増。粗利益率は46.1%で、7年連続の上昇)、米ヒューレット・パッカード(売上高は10%増の1260億ドル、純利益は14%増の88億ドル。なおHPは10月末決算)、米シスコシステムズ(2010年会計年度売上高が前年比11%増となる400億ドル、純利益がGAAPベースで78億ドル。7月末締め切り)、米EMC(2010年通期、連結売上高は前年比21%増の170億ドル、GAAPベースの純利益は前年比75%増の19億ドル)などと比較すると、富士通のそれは、もう一声ほしかった、というのが正直なところである。

 確かに、東日本大震災の影響が、決算に影を落としているのは否めないだろう。だが、日本の企業の多くが震災の影響の中、軒並み例年業績を割り込む中で、「この程度の決算なら御の字」という思いが富士通の中にもあったのではないか。海外のコンピュータベンダーが相変わらず好業績を出す中、日本を代表するICT企業である富士通の業績がこれでは、世界にどう受け取られるのか、いささか心配になってしまう。

 同社の発表会を通じ、山本社長の発言で少し気になった部分がある。それは、海外展開に関し、積極的だと感じられない点だ。まず、海外の不採算部門を整理したとの発言があった。富士通の不採算部門は、何も海外ばかりではなく、国内の関連会社にもある。今回の決算発表では、半導体であれPC携帯部門であれ、現状維持かさらなる投資をする見込みで、赤字が増加するかもしれないとの発言があった。

 山本社長自身、PC畑の出身であり、何かと思い入れもあるだろう。だが、赤字という理由で海外は整理し、国内は現状維持というのは。矛盾しているように思える。

 以前から気になっていたが、富士通は国内中心に回帰するという方針に変化したのではないか。もしそうなら、どのようなことが今後起こるのかを、少し考えてみよう。

海外比率を高めるという話は反古に?

 先代の野副社長は、海外展開についてかなり積極的な姿勢を示していた。富士通シーメンスを買収し、Fujitsu Techonology Solutionsに改組した。しかも、同社にIAサーバの開発と生産を任せるという、大胆な施策を打ち出した。

 それに対し山本社長は、売上高における海外比率を高めるとし、表面上は野副方針を引き継ぐ構えだったが、本気で踏襲するつもりはないのではないか。その証拠が、野副氏が広言した「IAサーバを50万台販売する」という約束だ。これに関しては、事実上、反古にされつつあると言ってよい。

 実際には、円高が進み、野副氏が発言した頃から10%以上切り上げられているのだから、止むを得ない面があるのは確かだ。加えて震災対応も必要で、IAサーバの販売目標については、棚上げにするしかない状況であろう。

 山本社長の就任以来、野副氏の退任劇をめぐる問題や、リーマンショック後の日本経済の不振、そして震災と、息をつく暇なく騒動が持ち上がったので同情する面はある。野副氏による約束は「夢のまた夢」となりそうだ。もっとも、海外での厳しい競争で、いたずらに体力を消耗させるのではなく、“市場の半分が官公庁”という日本市場で、他の日本企業と競争する方が富士通にとって有利だという判断があったのだとしたら、その判断にわたしも同意するしかない。

国内市場頼みで富士通に未来はあるのか?

 リーマンショック以来、日本企業は、国内市場の将来性に疑問を感じ始めていた。それはバブル崩壊以降、様々な産業育成策が行われたにも拘わらず、何ら効果が出ない日本の産業そのものへの苛立ちが根底にあった。また、そのような構造的な問題を解決できない指導官庁への不信も、それらを加速した。

 もちろん、リーマンショックで、日本の多くの企業は程度の差はあれ、大きな影響を受けた。

 その中には震災と津波で、生産設備そのものにまで大きな被害を受けた企業がある。また、原材料部品の調達に難儀した企業も多い。また、震災後の厳しい電力事情で、操業時間の見直しを迫られている企業も多数ある。復興投資、あるいは設備投資を、国内にするか、それとも海外を重視するのかについては、それらの企業自身の裁量に委ねられている。

 僕の知っている範囲では、海外に主力生産工場を移そうという動きは一過性ではなさそうだ。また、その数も多数に上っている。営業上の配慮もあるようだ。既に売上高の3割以上が海外という企業は、かなりの数に上っている。それらの企業が、今後の成長があまり望めない国内ではなく、今までもそれなりの成長を遂げ、今後の大きな成長が望める海外に力を入れるのは自然なことだ。

 「市場は何も民需ばかりではない。日本には、地方自治体も合わせ、官公庁が大きな顧客として存在する」と反論を受けそうだ。確かに、富士通はメインフレームで大きな収益を上げてきた。しかし、いつまでもメインフレームを官庁が使い続けるとは考えにくい。その上、深刻な税収不足が官公庁を襲っている。中央官庁はいざ知らず、地方自治体は財政難に直面している。悩みに直面している彼らが、真っ先に俎上に上げるのは、情報処理投資だ。実際「今回の震災で多くの自治体でIT投資が後回しになるのでは」と山本社長も見通しを述べていた。

 富士通のシナリオは当面、厳しい状況が続くだろうが、しばらくは官庁を中心とする国内投資で支えてもらい、その後は海外に進出する日本企業に随伴して海外進出を図り、進出企業の投資を頂こうという計画なのか。だがこれは、「絵に描いた餅」に過ぎないのではないか。

クラウドで未来が開けるのか?

 2011年から始まる3カ年中期計画で、富士通が期待を寄せるのが、クラウド関連ビジネスだ。先日、Windows Azureを採用したデータセンターをオープンすると発表したが、計画では2013年に3000億円の売り上げを達成するという。

 しかし、サービス内容のほとんどはプライベートクライドだとし、PaaSやIaaS、パブリッククラウドの売り上げは、計上してもわずかな数字だとした。

 僕が知る限り、クラウドに関するビジネスは、他社も苦労している。なぜならパブリッククラウドの大手ベンダーは、PCベースのクラスタシステムをハードウェアとして採用しており、伝統的なコンピュータベンダーへの依存度が低い。同様にNTTデータのLinda Cloudのように、自社でハードウエアの開発を進めるSIerもある。そのコスト構造を見る限り、伝統的コンピュータベンダーの出る幕は少ないのではないか。

 また、富士通が期待を寄せるプライベートクラウドだが、一貫して価格が低下している。IBMがプライベートクラウドの普及を狙って発表した「Cloud Burst」は当初、開発環境込みでおよそ1億円とされていたが、その後半額に値を下げ、現在では同じ環境を提供するプラットフォームなら3分の1程度の価格で購入できる。つまり、価格競争が激化している。たとえ受注に成功しても、利益への寄与はわずかに留まる可能性が高い。

 クラウドでも最も利益を獲得する方法は、サービスとして提供することだ。その代表が米Appleであり、米Googleや米Amazon.comだ。富士通もこれらの企業のように、新たなサービスを提供できない限りはクラウドでの成功はおぼつかないのではないか。

富士通の情報産業鎖国の道は果たして成功するのか

 山本社長は、人員削減や組織見直しに着手する気はなさそうだ。記者会見でも、M&Aに関する質問が出た。山本社長は「富士通の成長は企業買収の賜物だ」という見方を示したが、大胆な企業買収やリストラによる「Transformation」を考えているとは思えない。中でも、リストラにはかなり抵抗感が強いのではないか。

 確かに、黒川元社長の時代には、ほとんど人員削減をせず、業績回復を成しとげた。だがあの頃とは、時代が違う。事実上の提携関係にある日立とIBMは、大型サーバ(メインフレームを含む)で大きなな数量シェアと顧客基盤を日本国内で持っている。もちろん海外では、IBM、HPにも製品開発力、販売力で対抗しなければならない。ソフトウェアもシステムインテグレーションでも米国の大手ベンダーと競合する必要がある。

 その中で、富士通は海外市場を棚上げして、取りあえず日本国内における支配力を高めようとしている。日本市場に立てこもり、一種の「経済鎖国」のような状況で企業を守ろうとしているのだ。ケガ人や脱落者が出ないように、何とか富士通という企業組織を守ろうとする姿勢には頭が下がる。しかしそれだけでは、早晩行き詰ってしまうと思う僕は、心配し過ぎだろうか。

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