まだ夢だった――モバイルコンピューティングの夜明け前モバイルワーク温故知新(1/4 ページ)

スマートフォンやタブレット端末、モバイルルータを使って場所を選ばずに仕事ができるワークスタイルを誰もが実践できる時代になった。だが、これが当たり前になるまでには何十年もの長い歳月がかかった。そんな歴史を振り返っていこう。

» 2012年06月12日 08時00分 公開
[池田冬彦,ITmedia]

 今やオフィスの外でPCやスマートフォン、タブレット端末、モバイルルータを駆使し、場所を選ばずにビジネスを推進するワークスタイルが珍しくない時代になった。しかし、このような環境が当たり前になるまでには何十年もの長い歳月がかかった。本連載ではそんな歴史をひもといていく。今回はモバイルそのものが「夢」だった携帯電話やPHSが登場した時代にフォーカスし、モバイルワークスタイルの出発点を振り返ってみることにしよう。

すべては携帯電話から始まった

 携帯電話の3Gデータ通信やWiMAXの普及、そして、iPhoneの上陸とその後の爆発的なスマホブーム――現代は、オフィスに縛られずにどこでも仕事ができるモバイルワークスタイルがすっかり現実のものとなった。そして、ここ数年で「モバイル」という言葉は影を潜め、その言葉に代わって台頭してきたのが「ノマド」という言葉である。

 考えてみれば、これまでモバイルと呼んでいたデバイスやシステム、ワークスタイルは、モバイルというものが少々特殊なものであり、言わば「ユビキタス」に通じるワークスタイルの理想として捉えられていたことの表れであるようにも思える。今では電車の中や喫茶店でノートPCを広げて仕事をする人達をあえて「モバイラー(モバイルコンピューティングを実践する人)」などと呼ぶこともほとんどない。

 しかし、このような時代が現実のものとなるには、かなりの年月を必要とした。その全ての出発点となるのは、モバイル通信の基本である「ワイヤレス通信」のインフラの誕生、すなわち携帯電話の誕生である。

 携帯電話を考案したのは、米ArrayCommのマーティン・クーパー会長であり、携帯電話の父と呼ばれる。クーパー氏は、1973年に米Motorolaで携帯電話機の開発を手がけ、数々の実証実験の末に1983年に世界で初めて商用携帯電話機「DynaTAC 8000X」を開発し、サービスを開始したのだ。

 日本での携帯電話は、当初は自動車電話サービスとして1979年12月に電電公社が東京23区内でサービスを開始し、翌1980年には大阪の都市部、1981年には首都圏でサービスを広げた。この自動車電話の機器は重量が約7キロもあり、自動車のトランク内に設置して利用するものであった。

ショルダーホンは外形のほとんどはバッテリーであるにもかかわらず、連続通話時間はわずか40分しかなかった。出典:NTTドコモ

 電電公社が民営化されてNTTになった1985年には、自動車から離れても通話ができるように設計された「ショルダーホン」が開発された。重量は約3キロと軽量になったものの、外形は大変に大きく、容易に持ち運べるものではなかった。

 これらの電話システムは第1世代携帯電話というアナログ通信であり、「HICAP(NTT大容量方式)」、または「TACS(モトローラ方式)」の音声通話システムを用いるものである。トヨタ自動車系の携帯電話会社「日本移動通信(IDO)」が1988年からサービスを開始し、京セラ系の第二電電(DDI)も1986年にサービスを開始している。

 いずれの方式もアナログによる音声通信のみのサービスであり、データ通信はできなかった。そして、携帯電話は庶民にとっては高嶺の花であった。携帯電話の提供はレンタルのみであり、自動車電話の料金は加入料が8万300円、月額基本料が3万円で、通話料は6.5秒で10円。その他、保証金20万円(契約解除時に返却、後に10万円に変更)を必要とする高価なものだった。ちなみに、携帯電話の購入ができるようになるのは1994年からだ。

日本初の携帯電話は1987年に登場した「TZ-802」型(左)がそのルーツだ。重量は900グラムで連続通話時間は60分だった。1989年には新型の「TZ-803」が登場した。出典:NTTドコモ

 この第1世代携帯電話は、屋外から音声通信ができるというだけでも革命的な存在となり、当時は携帯電話がステータスシンボルだった。まさに携帯電話は音声通信の革命の旗手であり、モバイル通信のルーツと言うことができるだろう。

 なお、NTT移動体通信網(現NTTドコモ)は1991年に現在の携帯電話のルーツにもあたる「ムーバシリーズ」をリリースし、契約台数は1991年度で53万台であったという。

携帯電話の元祖とも言えるNTT移動体通信の「ムーバシリーズ」。小型・軽量化が進み、携帯電話としての実用期が訪れた。出典:NTTドコモ
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