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» 2012年06月19日 08時00分 公開

田中克己の「ニッポンのIT企業」:“田舎”に開発拠点を設けた真意 サイファー・テック (2/2)

[田中克己(IT産業ウオッチャー),ITmedia]
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サーフィン好きの技術者などが集まった

 こうしたニーズに応えるには、IT技術者の増員が必要になってきた。「即戦力となる人材が欲しいが、募集広告を出しても応募者が来ない。とくに求めているスマートフォンの関連技術者は売り手市場で、当社に面接に訪れる人は少ない。暗号やセキュリティの分かる技術者が来てくれる可能性もゼロに近い」(吉田社長)。

 そんな時、美波町がサテライトオフィスの誘致を始めた。「近くにコンビニもなく、過疎化の進む町」(吉田社長)だが、光ブロードバンド環境が整っており、海があり、畑や田んぼがある。美波町の出身である吉田社長はそんな環境で開発にあたれば、IT技術者が新しいアイデアを生み出せると期待した。多くの経営者は「創造や革新を生み出せる人材を育成する」と言うが、生き方や暮らし方から考え直さなれば、その実現は難しいことなのかもしれない。吉田社長もそう思って、美波町に出たのだろう。

 老人ホームをオフィスに改築した美波町の開発拠点は話題になり、地元の新聞やテレビ、雑誌に紹介されたところ、入社を希望するIT技術者が現われた。これまでは年に1人採用したら、1人が辞めてしまう状況だったが、ハンティングが趣味の大手ITベンダー系SE会社の女性SEや、サーフィン好きのWeb系技術者など約20人の応募があったという。「応募者の多くが大手企業に勤めているので、辞める決断には時間がかかる」(吉田社長)のだろうが、この4月に4人の採用を決めた。現在の社員は12人で、年末には15人にする計画だ。

 仕事や生活の価値観は多様化しており、農村や漁村で暮らしたいと思う人は増えているだろう。高給だけが人を幸せにするわけではない。有給休暇がとれず、長期間労働に疲れた人もいるだろう。上司や部下との関係がうまくいかない人もいるだろう。「今の延長のままで、いいのか」と悩む人もいる。入社して3年以内に辞めてしまう新入社員が約50%もいるそうだ。

 そんな実態を表したのが、経済協力開発機構(OECD)が2012年5月に発表した国民生活の豊かさを表す「より良い暮らし指標」である。GDP(国民総生産)の数値とは異なる幸福度を表すもので、日本は調査した36カ国中21位だった。日本は、「安全」(1位)、「教育」(2位)などの評価が高かったものの、「ワークライフバランス(仕事と生活の調和)」(34位)や「生活の満足度」(27位)などが低い。仕事と生活の両立できるワークスタイルを求めているIT技術者は少なくないだろう。

 吉田社長はスモールビジネスを目指す。規模拡大を追求するビジネスとは異なる。例えば、提供するサービスに月額3万円を支払う顧客を100社獲得するようなモデルだ。そんな利用形態を広げるアイデアがいる。そのために、サイファー・テックは年内に美波町の開発拠点に5、6人配属する。吉田社長は「当社に続いて、美波町に進出する企業が出てくればうれしい」と期待する。


一期一会

 1971年生まれの吉田社長は、神戸市外国語大学を卒業した1996年にジャストシステムに入社した。その後、退社し、あるベンチャー企業に入ったものの、経営者と意見が合わず同社を辞めることになった。その時の同僚らと立ち上げたのがサイファー・テックである。当初から暗号化の応用技術開発に取り組んできたが、人材採用には苦労したようだ。

 吉田社長は「IT技術者が夢を持てるような仕事にする」ことが大切と思っていた。最近、「何のために働いているのか」と疑問を持ち始めた人もいる。パソコンに向かう日々の開発業務に、リアリティがなくなっていることもある。終わりなき開発を繰り返す現場に、嫌気がさした人もいる。吉田社長は開発現場を変えるべきだと考えた。浜辺が近く、畑も近くにある美波町は最適である。朝、サーフィンをしてから職場に出社することもできる。

 吉田社長も数年前から休日に畑仕事を始めた。「楽しいし、気分転換になる」。徳島市内の開発拠点に加えて、美波町の開発拠点を担当することになった責任者にも少し変化が見られたという。「酒付き合いなどをしないような人だったが、地元の人たちと接するなど積極的に交流を図っている」。そうしたIT技術者らが革新的なIT活用を創出していくのだろう。

「田中克己の『ニッポンのIT企業』」 連載の過去記事はこちらをチェック!


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