ハードウェアコストの低下で現実的になってきた仮想現実。既に各種の産業界で実用化が進んでいる。どのような分野でどう利用されているのか? そして未来の仮想現実や拡張現実はどうなるのか?
仮想現実(VR)という革命は最先端へと達しただろうか。2016年を迎えるまでに、リビングルームでVRヘッドセットを使えるようになるだろうか。そうはならないとしても、あらゆる兆しがVR市場の急速な進化を示している。
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2014年だけを見ても、米Facebookが米Oculus VRを買収し、日本のソニーがVRヘッドセット「Project Morpheus」を発表し、米Microsoftが拡張現実(AR)「HoloLens」を公開した。他にも、米Googleが「Google Cardboard」というVRアプリ用の折り畳み式スマートフォンマウントをリリースしている。
VRという概念の登場は、1860年代までさかのぼる。初めて登場したのは、ルネサンス画家のバルダッサーレ・ペルッツィの作品のような360度のパノラマ壁画だ。だが、今話題にしているVRが最初に現れたのは1980年代のことだ。
この時代初期のパイオニアの1人、ジャロン・ラニアー氏は1985年にゴーグルとグローブを使うシステム「VPL Research」を制作した。これによってVRが初めて世間に周知されることになる。
こうした初期型のVRにはかなり高いコンピュータ処理能力が必要だった。世界初のVRゲームショウ、Cyberzoneでは486台のPC(それぞれメモリはたったの8Mバイト)のネットワークを必要とした。印象的ではあったが、まだまだ荒削りだった。
処理能力の制限と高いコストにより、VRは大企業のみが参入できるニッチな分野だと捉えられた。そのためVRは開発の中心にはならず、とりわけ堅牢性がなかった。
原子力先進製造研究センター(NAMRC)のVRとシミュレーション部門の主任であるラブ・スコット博士によると、VR参入の障壁は変わってきたという。
「昔のVRには6台ものPCが必要だったが、今では必要な機能のほぼ全てがグラフィックスカードに収まり、カード1枚あれば十分だ。つまり、VRはGPUが原動力になりつつある」
VRを表示する装置のコストも下がっている。3Dスクリーンは200ポンド、米Oculusの「Oculus Rift」ヘッドセットは475ポンドで、どちらも標準のノートPCがあれば動作する。Google Cardboardは試験的なものだが、およそ10ポンドで購入でき、スマートフォンがあれば動作する。
コンテンツの取り込みや作成、3Dレーザースキャナによる空間全体の取り込み機能も米Autodeskや米Bentlyのような企業のソフトウェアによって効率が上がっている。
既にVRは、スタートレックに登場するホロデッキに近い没入型VR体験装置(CAVE)のように、完全な没入感を得られるほどになっている。CAVEの仮想環境は、一部屋サイズの立方体で3方向から6方向(床と天井を含む)へ向いたプロジェクターを使用する。これによって360度の完全な視覚体験だけでなく、仮想モデル内を歩き回ることも可能になる。
VR技術は、それぞれ独立した特徴的な4つの要素に分けられる。
Autodeskは「AutoCAD」「Navisworks」「InfraWorks」などの3Dモデリングソフトウェア製品による映像化技術分野に長い歴史を持つ。同社は最近、米サンフランシスコのマーケットストリートを植樹緑化するためのBetter Market Streetプロジェクトに米Owlizedと共同で取り組んだ。野外に設置した数々の「フクロウ型」のビュワーをのぞけば、一般の人でも完成後のデザインでマーケットストリートの新しい姿を見ることができる。
英Fordは、数年前から仮想と現実の世界を融合させている。物理的な車両表を準備し、同社が仮想的に表示するシミュレーション車両と一致させる。このため、VR内のシミュレーションモデルを操作する人は、現実の車両に触れているのと同じことになる。
VRのコストは、低く抑えられたビジネスコストを下回りつつある。
VRと高度ビジュアライゼーションの技術専門家としてFordに勤務するエリザベス・バロン氏は次のように話す。「以前なら見過ごし、多くのコストが掛かっていた部分を、最近の車両はVRで発見している。昔は、変更点がどの程度設計に影響するのか、実際にモデルを組んでみないと分からなかった。今では進むべき方向の判断がはるかに速くなり、発生しやすい問題を素早く把握できる」
VRは設計の映像化という段階を既に超えている。英BAE Systemsは英Virtalis製の製品開発VRシステムを、アスチュート級原子力潜水艦の建造計画に利用している。実際の試作品を作る代わりに、VRの潜水艦を囲む構台に配置したキャビンから3Dの仮想モデルを見ることで、高価な物理モデルを使う必要がなくなった。
VRは防災への利用も考えられており、めったに起こらない大災害を体験する訓練が可能になる。これまでの訓練演習では、発生確率の低い大災害のシミュレーションを行うことはほぼ不可能だった。VRの訓練を受ける人は、環境がどのように変化していくかを体験しながら慣れることができ、危険な状況を乗り切る能力に自信が持てるようになる。
法執行機関でもVRが実用化されている。特に犯罪捜査の現場での活躍が目覚しい。捜査官が実際に犯罪現場に出向く必要があったこれまでとは違い、現場のVRモデルを構築することができる。
犯罪現場に人の手が入る前にレーザースキャナや高解像度カメラでその場をスキャンし、現場がそれ以上荒れるのを防ぐ。現場捜査が打ち切られ、かなり後になった段階でも、この技術で犯罪現場を再検証できる。
現在の視点を基に想定する視界のみを与えるNavisworksなどの以前の3D設計審査(DR)パッケージとは異なり、VRは見る人に本来の奥行き感を与えてくれる。この奥行き感が一定の没入感と視差を生む。
この緊迫した没入感が、VRを強力なツールたらしめている。
「工場長の一日の生活を追うだけでも、アーキテクトはある物が必要とされる場所、その場所に必要な理由を理解できる」とNAMRCのスコット氏は語る。
だが、その没入感と奥行き感には代償がある。乗り物に酔いやすい人は、VRでそれに近い症状を経験することがある。これはシミュレーター酔いとして知られるが、これは今見ているものと体が体験していることを脳が同期させようとするために起こる。頭痛、眠気、目まい、吐き気など、症状はさまざまだ。
VRの商用アプリは比較的新しいため、今のところプラグアンドプレイ機能はない。Oculus Riftヘッドセットを使って何かを見られるからといって、同じソフトウェアを使えばGoogle Cardboardでも同じように見られるわけではない。
だが、Autodeskの最高技術責任者兼先進技術エンジニリング部長のブライアン・ペネ氏によれば、最終的にVRの使用は新しいモニターに接続することと何ら変わらなくなるという。
「今日のアプリは特定の型のヘッドセットにしか対応しておらず、各ヘッドセットは異なる方式で立体VRを表示している。別のヘッドセットを使うには、異なるソフトウェア開発キット同士を自分の手で具体的に統合する必要がある」とペネ氏は付け加える。
VR技術には、音や感触といった視覚以外の感覚も加わろうとしている。バイノーラル録音(2つのマイクを使って録音し、3Dステレオを生み出す手法)はその例の1つだ。
この手法によって、コンサートホールなどの空間の音響をモデリングできる。高速列車などの音響効果をモデリングすれば、交通プロジェクトの計画に対して予想される騒音公害すらモデリングできる。
ペネ氏によれば、「多数の人がVRを使って環境音の影響をモデリングしている。設計に音を組み込む方法、設計による音への影響、エコー効果の感じ方の理解など、音の設計に関わることは非常に有益だ」という。
没入感を生む品質には、触覚がかなり重要だと考えられている。質感再現の実用化を目指す研究者も多い。
だが未来のVRには何が待っているのだろう。このまま研究が続けば、VR用コンテンツの取り込みと作成は一層洗練され、使いやすくなる。その上、単に眺めるだけではなく仮想環境で直接3Dモデルを編集/操作できるようになるかもしれない。
米NASAは現在Oculus Riftヘッドセットと米Microsoftのモーションセンサー「Xbox Kinect」を使い、より自然な方式のロボットアーム操作システムを開発している。ロボットアームの操縦者がVRヘッドセットを付けることで、操作環境をより詳しく把握できるようになる。
「研究者は目下、網膜上への投影やコンタクトレンズの利用、AR眼鏡などを研究している」とスコット氏は話す。
ペネ氏は将来のVRはヘッドセットではなくなると結論付けた上で、次のように語った。「恐らく、未来のVRは新型のディスプレー技術になる。ホログラフィックディスプレーや現実と仮想の一体化といったように、よりARらしくなるだろう」
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