トップ企業に聞く、ITと社会貢献

Watsonが導く、次世代の“ヘルスケア”ビジネス――IBM・与那嶺社長2016年 新春インタビュー特集

IBMが注力するコグニティブ・テクノロジー「Watson」。これは今後どのような価値をわれわれにもたらしてくれるのか。同社のポール与那嶺社長が特に注目しているのは、身近な話題かつ、社会貢献とビジネスが両立しやすい“ヘルスケア分野”への応用だという。

» 2016年01月02日 10時00分 公開
[池田憲弘ITmedia]

新春インタビュー特集:「トップ企業に聞く、ITと社会貢献」

 自然破壊、超高齢化社会、経済格差、ダイバーシティ……現在、私たちの世界はさまざまな困難に直面しています。政界や経済界など、いろいろなプレイヤーがその解決に向けて動いていますが、近年はITベンダーも有力なプレイヤーになりつつあります。

 ITでどのように社会課題に向き合い、どう解決していくのか――。本特集では、有力ベンダー各社のキーマンに、その取り組みと思いを聞いていきます。

photo 日本IBM 代表取締役社長 ポール与那嶺氏。2015年1月に就任してちょうど1年になる

――近年、ITは人々の生活に欠かせない“社会インフラ”となっています。今後IBMは、ITでどのように社会に貢献していくのか、ビジョンを教えていただけますか?

与那嶺社長: まず資本主義の前提として、企業は利益を追求するのが基本的なミッションです。今は海外の投資家も非常に増えていますし、例えばROEを高めて株主に貢献するという視点は、グローバルでの競争においては一層大切になるでしょう。

 しかし、その一方でビル・ゲイツやウォーレン・バフェットなどが論じた“新しい資本主義(創造的資本主義)”という考え方も出てきています。簡単に言うと、利益追求と並行して社会貢献を行う混合型のモデルですが、私自身、このモデルを非常に気に入っており、こういう考え方で生きていきたいと思っています。

 IBMもまた、利益を追求しながらも、社会貢献につながる取り組みを数多く行ってきたと思っています。2008年に提唱した「Smarter Planet」がまさにそういう考え方でしょう。全てのモノがつながることで豊かな社会を作っていく。この概念は今話題になっている「Internet of Things(IoT:モノのインターネット)」につながる部分がありますね。

 今後IoTは加速していくと思いますが、それを支えるのが認知型テクノロジーの「Watson」です。社会的な取り組みという点においても、いかに膨大なデータを収集して解析し、どう活用するかがテーマとなります。仮説を立てたり、推論をしたり、助言をすることで人々の生活をもっと豊かにしていく――そのためにWatsonは生まれました。

 今後はインターネットにつながった車で事故を減らすとか、ヘルスケア分野でがん治療に応用するなど、さまざまな分野で展開していくつもりです。

――Watsonで社会貢献的な価値を生み出すのに、注目している分野はありますか?

与那嶺社長: Watsonの部署として米国で最初に立ち上がったのは「Watson Healthcare」でしたし、私自身もヘルスケア分野での応用に注目しています。7月に東大医科研(東京大学医科学研究所)と提携し、「Watson Genomic Analytics」を使ったがん研究を始め、臨床への応用を目指して実証実験を行っています(関連リンク)。

 ヘルスケア分野というのは、医療データが10%、遺伝子のデータが10%として、残りの80%は普段の生活から得られる情報なんです。それをどう有効に活用するか。データが大量にあるところにWatsonは生きてきます。特に生活系の情報は刻一刻とデータがたまるわけで、それを処理するにはWatsonが向いていると思うんです。

 がん治療においても、Watsonで自分に最適な治療法を知ることができるのは大きな価値だと思うんですよ。医者としても自らの経験やネットワークといった限られた情報で判断しているわけで、患者側のわれわれが不安になる部分がないわけではありません。私の父もがんで他界しているのですが、Watsonが病状を診断してくれる仕組みがあって、家族としてそれを知っていれば、もう少し気が楽だったんじゃないかと、いまだに思うことがあるんです。

 京大でiPS細胞を研究している山中教授も、同じような動機で研究に取り組まれています。彼の場合は予防を中心としたアプローチですが、ぜひそういう取り組みには協力していきたいですね。ゲノムの変異を予期して予防につなげる、これをWatsonで実現できれば面白い。社会貢献でもあるんですけど、企業として個人に付加価値を提供すべきなのはヘルスケアの分野ではないでしょうか。

 最近はWatson以外にも、日本郵政グループやAppleと一緒に、高齢者向けのソリューション開発を進めています(関連リンク)。iPadを軸に高齢者向けのプラットフォームを立ち上げ、見守りサービスから、FaceTimeのように家族間でビデオ電話ができる仕組み、高齢者が買い物やサービスも含めて、簡単にこれらの機能を活用できるような仕組みを考えています。

 私の母は86歳ですし、私自身もあと20年以内には必要になると考えているので、非常に身近な課題だと捉えています。これらはある意味で良いビジネスチャンスでもあれば、社会貢献につながる部分でもあります。やはり、こういう貢献ができることで、言うまでもなく社員のモチベーションは上がりますし、リーダーとしても非常にやりがいを感じる仕事ですよね。

――こうした取り組みの多くが、他の企業や機関との提携で行っている印象を受けますが、提携に重点を置いているのでしょうか。

photo

与那嶺社長: これはIBMだけの話ではないのですが、今までは一般的に企業は独自で全部やる姿勢がありましたよね。他社と組めそうな良いアイデアがあっても100%自社でやってしまう。その方が効果も大きいという考えがあったんでしょうね。知的財産やノウハウを他に知られることを恐れていたのもあると思います。

 しかし、今の時代はソーシャルもそうですし、オープンな環境がより重要になっています。それが新しいアイデアや開発につながり、ひいてはグローバルに対抗する力になると思うんです。ですから、パートナーやアライアンスを組んでいくのは非常にロジカルな判断かなと。

 もちろんIBMも素晴らしいテクノロジーを持っていると思っていますが、何でもできるスーパーマンではありません。われわれが知らないことや、われわれに強みがないような分野があるわけで、共に協力してもっと早く、いい結果を出していくのは可能だと思うんです。大切な情報が広まってしまうリスクはあるかもしれませんが、それ以上にメリットが大きい。

 私が2015年の1月に社長になってからは、従来の競争相手とも積極的に組んでいますし、これからはお客さまやSIerさんも含めて提携を強めていくつもりです。他のITベンダーとの競争はあまり意識していません。

 それよりも今はアベノミクスのおかげで久しぶりに“追い風”の状況にあり、日本がもう一度グローバルで活躍できる環境が整いつつあるわけですから、なるべく協業やパートナーシップといった提携を増やしながら、日本の底力をグローバルに打ち出していくタイミングだと思っています。

 そんなときに、細かい争いは無駄だと思うんですよ。この分野は競争関係にあっても、この分野は協業できる――特にわれわれのようなIT業界は、そんな視点を持ってビジネスを進めることに集中するべきだと思います。先ほど触れたような、社会貢献とビジネスが両立する分野は特にパートナーシップを組みやすいはずです。

関連キーワード

IBM | IoT | Smarter Planet | 社会インフラ | IBM Watson


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ