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» 2018年09月07日 07時00分 公開

CSIRT小説「側線」 第7話:協調領域(後編)CSIRT小説「側線」(2/3 ページ)

[笹木野ミドリ,ITmedia]

 懐柔が落ち着かせるように言う。

 「まぁ、それはそうだ。そんなことができるのは相手が少人数のときだけだ。ただ、業務別とか、海外支部向けか国内向けか、というくらいはグループ分けできるんじゃないかな」

 「業務別は分かります。その業務によって最も陥りがちなケースが絞り込めますから。特定のケースについて集中して深く教育できる、というのは確かに良いですね。でも、“海外支部向け”って言うのは?」

 啓子が聞く。


 懐柔が遠くを見つめて言う。

 「ワイスを知っているだろ? あの帰国子女。この前立ち話で、米国に住んでいた時の話を聞いていたんだ。ちょっと前に、日本で仕事中の従業員がいたずら目的でSNSに良からぬ投稿をして、自分の勤めていた企業の信用を落とす事件がいくつか続いたのを覚えているよな。あの“ばか発見装置”といわれているSNSだ。わが社の危機管理部門も、これはいかんということで、社内の電子掲示板に警告を出した。確か、『炎上するような投稿はするな』『公共の場で会社の仕事の内容について話すな』だったような気がする。その話をワイスとしていたんだ」

 ――確かに、SNSでの炎上は会社の信用を陥れる。仕事後の居酒屋で一杯飲んだついでに会社の愚痴を言ったら、思わぬ形で炎上した――なんて、よくある話だ。そのあたりのネタは、教育にも取り上げている。

 啓子は思った。懐柔が続ける。

photo 立法Wythe遵子:「法律は仕事を邪魔するのではなく、自分たちを守ってくれる」という信念を持つ。教育担当とは仲が良いが、CSIRT全体統括に対しては冷ややかな態度をとる。善(ぜん)さんに癒やされている。

 「そしたら、ワイス、何て言ったと思う? 『米国ではあり得ない。全く何を言いたいのか意味不明の警告だわ』とばっさり切り捨てたんだ。理由を聞いてみると、

 『炎上どころか、SNSで個人攻撃をしたら、米国では訴訟になるわ。もっとも、企業が何か下手を打てば社会問題に発展するけど。皆、訴訟を恐れているから、SNSでの個人攻撃はあり得ないし、炎上の概念すらないわ。

 それに、公共の場で仕事の話をするな、ですって? あのー、あちらでは仕事の時間とプライベートの時間はきっちり分けていて、勤務時間が終わった後に仕事の話をする人なんて一人もいないわ。大抵キャンプとか家族の話になるわね。

 それと私のいたLAでは、車通勤が普通よ。日本のような電車やバスは皆無だから、そもそも通勤途中に公共の場がない。つまり、この警告は米国では的外れで、掲示することすら恥ずかしいわ。本社は何も分かってないぞって、自らさらしているようなものね』って。

 それを聞いて、ワイス、性格キツイなーと、俺は思ったぞ」

 ――啓子は「各国の事情や働き方まで把握していかなければ、心に届く教育にはならないのか」と、感心しながら聞いていた。

 「そうそう。今、教育担当は何人なんだっけ?」

 懐柔が聞く。

 「1人なんです。私も前からセキュリティ専任というわけではなく、もともと他の部門の教育も担当していて、新入社員研修や派遣法などの最低限必要な法務教育などもやってました。そんな私に声を掛けて、セキュリティ教育担当に引っ張ってくれたのが志路さんです。

 『セキュリティ知識は、知らなかった、で許されるものではない。知らないことは罪なんだ。自分の不注意で会社や自分が被害に遭うからな。自分のことは自分で守る! これを徹底してくれ』と言われて」

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