CSIRT小説「側線」 第12話:安全な製品(前編)CSIRT小説「側線」(1/3 ページ)

白熱する捜査を一瞬離れ、温泉に繰り出すことになった「ひまわり海洋エネルギー」のCSIRT一行。温泉街を探検するうち、ふとした話から明らかになったメンバーの意外な過去、そしてあるメンバーの語る「お寺のDX」とは一体……?

» 2018年11月09日 07時00分 公開
[笹木野ミドリITmedia]
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この物語は

一般社会で重要性が認識されつつある一方で、その具体的な役割があまり知られていない組織内インシデント対応チーム「CSIRT(Computer Security Incident Response Team)」。その活動実態を、小説の形で紹介します。コンセプトは、「セキュリティ防衛はスーパーマンがいないとできない」という誤解を解き、「日本人が得意とする、チームワークで解決する」というもの。読み進めていくうちに、セキュリティの知識も身に付きます


前回までは

自社の受けたサイバー攻撃と国外のケースとの間に、意外な共通点を見つけた「ひまわり海洋エネルギー」のCSIRT。インベスティゲーターの鯉河(こいかわ)がシンガポールに飛ぶ一方、コマンダーのメイは社内に残り、攻撃の記録を詳しく分析するフォレンジックの識目(しきめ)から詳しい話を聞いていた。

これまでのお話はこちらから


@バス車中

Photo 羽生つたえ:前任のPoCの異動に伴ってスタッフ部門から異動した。慌ててばかりで不正確な情報を伝えるため、いつもCSIRT全体統括に叱られている。CSIRT全体統括がカッコイイと思い、憧れている

 羽生(はぶ)つたえと本師都明(ほんしつ メイ)が話している。

 「メイ様、今回のイベントって、夏に海へ行った時に大河内(おおこうち)オーナーがさっさと予約していましたけど、結局、志路(しじ)さんや見極(みきわめ)さんは来られなかったんですね」

 「そう、鯉河(こいかわ)さんが外国から情報をつかんできたようで、識目(しきめ)さんも合流して何か話しているみたいよ」

 「残念ですねー。それと、山賀(やまが)さんは今回いらっしゃらないんですか?」

 「どうもあの人、みんなとお風呂に入るのは恥ずかしいみたいよ。『どっちに入っていいか分からないー!』って、意味不明なことを言っていたわ」

 「そこで悩むんですかー。でも、今回は海の時に来られなかった人もたくさんいて、楽しいですねっ!」

Photo 本師都明:先代のCSIRT全体統括に鍛え上げられた女性指揮官。鍛え上げられた上司のすばらしさと比較すると、他のメンバーには不満を持っている。リーガルアドバイザーを煙たく思い、単語や会話が成立しないリサーチャー、キュレーターを苦手としている

 バスにはつたえとメイの他に、鬼門 明徴(きもん めいちょう)、道筋聡(みちすじ さとる)、原則守社(げんそく すず)、栄喜陽潤(えいきょう じゅん)、折衷案二(せっちゅう あんじ)、育英啓子(いくえい けいこ)が同乗している。合計8人だ。

 メイが答える。

 「そうね。どちらかといえば今回の旅行はフレッシュなメンバーだわ。折衷さんだけ、引率する先生みたいな感じだけど」

 つたえはどこから聞いたのか、得意そうに話す。

 「折衷さん、温泉マニアで、この辺りのことは自分の庭のように詳しいそうですよっ!」

 「それはうれしいわ。面白いトリビアが聞けるかもね」

 メイもうれしそうに応じた。

 バスがターミナルに着いた。

@温泉バスターミナル

Photo 折衷案二:感情豊かで人を転がすことがうまい。しかし、にっこり握手しながらテーブルの下では相手を蹴り倒す技術を持っている。いろいろな部署に顔が広い。定年間近

 「はい、皆さん着きましたよー。今回のお宿は、この坂を下った中心街の近くにあります。まずは、荷物を置いてゆっくりしましょうか」

 折衷は、懐から旗でも出しかねない口ぶりで皆を引率する。

 「結構な坂ね。でも遠くからでも湯煙が見えるとワクワクするわね」

 育英啓子が、普段とは違う顔で楽しそうに話す。温泉街の中心部の湯畑が見えてきた

 「わぁ、すごーい。たまごのにおーい!」

 つたえが小学生のようにはしゃいでいる。

photo 育英啓子:システムでいくら守っても、最後は人のリテラシーと考え、「自分を守るために教育はある」という信念を持つ。とはいえ、インシデントをてきぱきとさばくインシデントマネジャーには憧れを持っている。リーガルアドバイザーとは信念が合い、仲が良い。逆に高圧的なCSIRT統括には不満を持っている

 「今はまだ11月だから、湯畑の湯おけにふたをしてないけど、雪の季節になると、温度が下がり過ぎるのでこれにふたをするんだよ。ここは『泉質主義』といって、源泉を水で薄めずに、全て空冷方式で温度調節をするんだ。だから、温泉成分が濃厚。源泉がほら、そこにあるけど、ここの湯おけで適度に冷ましてから、各旅館やホテルに配給するんだ」

 折衷が温泉大使のように説明する。

 「こんな施設が中心にあって、それを旅館やホテルが取り囲む。すてきなデザインですね」

 原則守社が、ボコボコ吹き出している源泉を見ながら話す。

 「このデザインは、みんなも知っている芸術家がデザインしたらしい。『爆発だー』というあの人だよ」

 折衷の説明に、メイは目をかっと開いて手を広げている芸術家のイメージを頭に浮かべた。

 折衷は手際良く話す。

 「さっさとチェックインして、まずは温泉に漬かりましょう」

 まだ日が高いため、外湯を巡ろうとの折衷の提案で、一行は荷物を下ろした後、公園の奥にある広大な露天風呂へ向かった。

 「ここは広いですよ。源泉も近いので温泉も新鮮です。男湯はハイキング道路から丸見えだけど、女湯は囲いがあるので大丈夫。それでは適当に入って、適当に出て、ポチポチと歩きながら宿まで帰る、ということで。ではまた後で」

 折衷は案内もそこそこに、自分が早く入りたいそぶりを見せながら解散を告げた。

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