CSIRT小説「側線」 第12話:安全な製品(前編)CSIRT小説「側線」(3/3 ページ)

» 2018年11月09日 07時00分 公開
[笹木野ミドリITmedia]
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Photo 鬼門明徴:プログラムの作りや機械語に興味を持つ。優秀ではあるが、オタクな性格。システム部が作ったプログラムの欠陥をよく見つけてしまうため、孤立することも多い。ソリューションアナリストからは煙たがれ、独自の世界で生きるリサーチャーに憧れている。実家はお寺。占いにも造詣が深く、女子にモテるが、守社からはパシリ扱いされている

 道筋は「お寺の文明開化」という言葉に明徴が木魚をポクポクとたたいているイメージを頭に浮かべてニヤニヤしながら答える。

 「卒塔婆プリンタ? かなり大きな機材だよな?」

 「そうです。プリンタ自体は大きくないのですが、あの木材を紙の代わりに挟んでジーっと印刷するためのフィーダーは大きいです。フォントはPostScriptの本格派で、どんな大きさの梵字も印刷可能です。最近は3Dプリンタでお墓が作れるのではないかと真剣に思っています。デザインは自由自在なモダンなお墓です。

 また、ウチのようなリアルなお墓に加えて、最近は仮想空間に墓地を作る流れも出てきているんですよ。故人の思い出の写真や動画、文書などの情報をデジタル化して保存します。仮想空間ですから、お墓は自由自在にデザインできます。

 もちろんマルチデバイス対応ですよ。いつでもスマホで墓参りできますし、登録されているお坊さんの人気ランキングを利用して、読経をリクエストなどもできます。お坊さんには『いいね!』も付きます。お寺もうかうかできません。この仮想空間の維持費は非常に安価ですし、『何々家』とお墓をグルーピングしたり、親戚への訪問も指先一つですよ」

photo 道筋聡:企画・開発部門から異動して来た。PMやMBAなどの資格を持ち、プライドが高い。元の部門ではエースの名を保持していたが、なぜCSIRTに配属されてきたのか疑問に思っている

 微妙な顔をして聞いている道筋の横で、明徴が続ける。

 「そんな中、デジタル化されつつあるお寺では、サイバー攻撃の脅威が問題になると思ったんです。特に檀家(だんか)情報ですね。高額なお礼を下さる檀家様もありますし、いわば顧客情報とVIP情報を大切に取り扱わないといけません。ですので、まず寺は自分でWeb公開しているシステムについては安全性を問われるでしょう。信用問題ですからね。ということで、学生時代からサイバーの講義は受けてきました。脆弱(ぜいじゃく)性診断やデジタルフォレンジックについては、インシデント対応とは違い、純粋に学習してスキルを身に付けられますからね」

 道筋は感心している。

 「結構、自分には合っていたような気がします。脆弱性診断に必要なOSやネットワーク、アプリケーション、データベースの仕組みとそれらが抱えていた脆弱性の学習、通信パケットの解析、侵入テストの実習やツールの選択。全部楽しかったです。

 この会社に入ってからは、さらに深淵(しんえん)さんに新手の攻撃手法や脅威情報なども教えていただき、ますます楽しいです。あの人はすごいですね。いつ寝ているのでしょうか? 2人でウイルスのファイルをバイナリに展開して特徴を色付けして『ああ、この色付けパターンにはこういう意味があるんだな』と悦に入ったり。この会社にいて楽しいです。まだまだ学ぶことは多いですし。ゆくゆくは深淵さんのようにリサーチもしてみたいと思っています」

 道筋は、明徴が本当に楽しそうに話しているのを聞きながら、「ちょっと明徴のことを誤解してたかな?」と思い始めていた。

 そんな2人とは関係ないところで、折衷は「へっくしょーん、こんちくしょうー」と、なぜくしゃみが続くのかを不思議に思いながら、肌に染み込ませるように温泉を味わっていた。

 潤は大きな露天風呂を探検するように、あちこちざぶざぶと移動してせわしない。

@宿

 露天風呂を十分に堪能した後、男性陣は宿へ向かった。

 宿に到着後、しばらくして女性陣が帰ってきた。彼女らの手には早くも、温泉街で入手したのであろう、温泉まんじゅうの袋が握られていた。

 「守社さん、いくらなんでもお土産の購入、早過ぎませんか? ほら、宿のお茶請けにもまんじゅうあるし」

 明徴が珍しく、守社をからかう。

 「うるさい。私はまんじゅうが好きなの! いろいろな店があるから食べ比べたいの!」

 守社がきっぱり言う。

 「あの温泉街、店の前を横切るといくらでもまんじゅうをくれるから、それだけでおなかが膨れるよ。なんと、お茶付き」

 「無料?」

 折衷の説明に啓子の眼鏡が光った。

【第12話(後編)に続く】

Photo CSIRT小説「側線」 人物相関図

イラスト:にしかわたく

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