直売率99%、栃木の「阿部梨園」が経営改善のノウハウを無償で公開し続ける理由【特集】Transborder 〜デジタル変革の旗手たち〜(4/5 ページ)

» 2019年03月18日 08時00分 公開
[池田憲弘ITmedia]

 「農家から集まるかなと思っていたのですが、思いの外、農家“以外”の人たちが多くて。ありがたい話なのですが、リターンの設計には苦労しましたね。半分寄付みたいになってしまっているものとか、僕が講演したり、コンサルしたり、ウチのWebページにバナー広告を出せるようなコースも作りました」(佐川さん)

 あっという間に目標に届いてしまったが、1週間ほど考え、ストレッチゴールを作ることに決めた。200万円で200件、300万円で300件と伸ばしていった結果、約1カ月で325人から約450万円が集まった。最終的には、変わりたいと思う農家同士をつなぐコミュニティーを作ることを約束した。

 こうして2018年5月、100件の経営改善ノウハウが集まった「阿部梨園の知恵袋」がオープン。現在は200件に向けて記事を書きためているところだという。リリース時は大きな注目を集め、月間で10万ほどのPV(ページビュー)があったとのこと。最近では講演を行うことも増え、知恵袋の“読者”に出会う機会も増えているそうだ。

 「本当は各テーマをサクっと書くつもりだったのですが、注目が集まったのがプレッシャーになって、一つ一つのボリュームが多くて時間がかかっているんですよね(笑)。それはそれでいいと思っていますが、今後は、Wikiのような気軽に生かせる形にできるよう、模索しているところです」(佐川さん)

photo 2018年5月にオープンした「阿部梨園の知恵袋」

農家の経営支援を「職業」にしたい

 佐川さんの尽力により、阿部梨園の売り上げは確実に向上している。その結果、新たな畑を増やしたり、新しい栽培方法にチャレンジしたりしている他、人件費、つまり従業員の給料も上がったという。また、佐川さん以外にも、正規雇用をする人が増えてきているそうだ。

 「今はパートさんを含めて常時10人くらいいます。収穫期などのピークシーズンは20人くらいになります。他の梨園と比べても恐らく1.5倍から2倍くらいはいるんじゃないでしょうか。人が増えれば細やかな管理ができますし、休みも取りやすくなります。農業はこれまで、少ない人数で回して、一人当たりの手取りをそれなりに確保するという世界だったので」(佐川さん)

 今後、佐川さんは阿部梨園を“緩やか”に成長させながら、阿部梨園以外も含めて「農家の経営改善」がさらに進むような世の中にするため、自身の個人事業として、農家向けのサービスを持っている企業とのコラボレーションを広げていくという。

 「阿部梨園については、家業がベースだったこともあり、急な成長を目指すといろいろとリスクやゆがみが生まれると思っています。『守りながら変えていく』というのは梨園のスローガンにもなっています。梨園で生かせなかったノウハウは、個人事業の方で生かせばいいわけですし。

 僕自身はいろいろやりたいことがあるのですが、やはり知恵袋のノウハウだけでは解決しないような話があるのは事実で、僕自身だけではなく、もっと企業も経営支援に入ってもらいたいですね。農家さんの声や、阿部梨園で培った経験などをサービスや商品にフィードバックしていく取り組みを、最近、数社と始めました。自分がいろいろな場所で講演する中で、役に立つITツールなどは積極的に紹介していければと思っています」(佐川さん)

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