MicrosoftのPowerPlatformを使ったローコード開発による業務改革の事例が国内でも出てきた。鹿島建設は多数の協力会社の業務改善に内製アプリを活用する。
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人手不足と技能伝承の課題に悩む企業の典型例が、多くの企業が協力してモノを作り上げる土木・建設業界だ。建設業界大手の鹿島建設は「Microsoft Power Platform」(以降、Power Platform)を活用して、建設現場における組織をまたぐ課題解決に挑む。本稿はPowerPlatformを使ったローコード開発の実際と、どこまで業務を改善できるかを実例から紹介する。
本記事は11月12日の日本マイクロソフト主催「お客さまの取組みに学ぶ、ニューノーマル時代リモートワーク最前線」での講演をベースに再構成した。
建設業の業務の特徴として、一つの案件に対して数社から数十社の協力会社が共同で建築物を作り上げることが挙げられる。1つの壁を作るのにも工程ごとに複数の専門技能工が分業して行程を進める。
一貫した製造体制をとる工場でも厳密な生産管理は難しい。それが施工箇所ごとに異なる企業の多様な技能職の人間が関わるとなれば、その管理はさらに困難だ。
鹿島建設で現場のICT化推進を担当する鹿田康晴氏は「汗水を流して建物を作るのは協力会社の技能者であり、協力会社なくして元請けの仕事は成り立たない」と語る。
同社が頼る協力会社各社が直面する問題が「人手不足」と「技能伝承の困難さ」だ。元請け会社として、協力会社のこれらの課題をITツールで解決に導くことにより、建設現場の効率化や生産性向上、ひいては事業の継続や発展が図れるというのが同氏の考えだ。
人手不足の要因として鹿田氏が指摘するのは、工事現場の工程間で生じる待ち時間だ。
前の工程が終了しないと次の工程を開始できない作業が多いため、先の工程の終了を次の工程の担当者が正確に把握できないと工事進捗(しんちょく)は滞る。
それぞれの工程は別の会社が担当するため、工事進捗情報の共有に時間差が生まれ、工程間に待ち時間が生じる。待ち時間が多くなるほど後工程の作業時間が切迫し、その結果、時間があれば1人の技能者の作業で済むはずの工程を多数の技能者で作業せざるを得ない場合がある。本来必要な人員以上の人手が必要になるため、局所的な人手不足が生じ、技能工1人当たりの賃金にも影響が出ることもある。
そこで鹿田氏は現場でスマートフォンアプリを利用して進捗情報の入力や確認が可能な「工事進捗状況の見える化」を解決策として提案する。
協力会社が抱えるもう一つの課題が技能の伝承だ。技能伝承が難しい要因として、熟練技能者が持つノウハウが暗黙知の「一子相伝」のような形式でしかの伝承できていない点を鹿田氏は指摘する。
この問題を解消するために、入力/蓄積したノウハウをAI(人工知能)に学習させて未熟練技能者を補助する仕組みをスマートフォンアプリで提供する方法を考えているという。
このような仕組みを具現化する道具を探した鹿田氏が着目したのが、Microsoftが提供する「Microsoft 365」などのSaaSアプリとクラウド基盤「Microsoft Azure」、データの収集から解析、予測までをローコードで実現するアプリケーションプラットフォーム「Power Platform」だ。
「協力会社の技能工がスマートフォンから入力したデータを『見える化』するための機能が一通りそろっている。これに他のツールを組み合わせることで、建設現場のデジタル化が進むのではないか」――。鹿田氏はこの考えを基に既に3つのシステムを開発している。
内装工事は、壁1枚を作るのにも10以上の工程が必要で、さらにそれぞれの工程に別の技能が必要だ。従来はある工程が終了したら技能者が工事事務所に戻って進捗管理表に色を塗り、作業の終了を周辺の協力会社に通知する。次の工程の技能者は、色が塗られた進捗管理表を確認後作業に取り掛かる、という進捗管理方法を採用するケースが多かった。
これでは技能者が事務所に立ち寄る手間と時間がかかってしまう。さらに進捗の書き込み忘れがあればリアルタイムで進捗状況が把握できない。元請けの担当者は、工程進捗の遅れを「追い回して」管理するが、時には1000住戸にも及ぶマンションの数千箇所の内装工事の進捗を、工程ごとに把握するのは並大抵の作業ではない。
そこで鹿田氏らが作成したのが「内装工事進捗管理システム」だ。
内装工事進捗管理システムは、作業現場の技能者がスマートフォンから「部屋番号」と「完了工程名」を送信すると、Microsoftが提供するRPAツール「Microsoft Power Automate」(Power Automate)が入力内容を処理してコラボレーションツール「Microsoft SharePoint」にある進捗管理システムの管理表を更新し、同時に次の工程の担当者のスマートフォンに通知するものだ。進捗状況は元請け会社も協力会社もモバイル端末または工事事務所内のPCでリアルタイムで確認できる。また前工程の終了も次の工程担当者にリアルタイムで通知されるため、待ち時間の削減効果が期待できる。鹿田氏によると、同システムを導入してから、個々の工程で作業量が16〜26%削減されたという。作業量削減効果は、工程数と部屋数の乗算で大きくなるため、マンションの建築など大規模な現場であればあるほど効果は絶大だ。
内装工事に先立って施工されるのが建具施工だ。ここにも内装工事と同様に元請けや複数の協力会社間での進捗状況共有の問題がある。これについては現場所長から内装工事進捗管理システムを応用できないかと提案があり、同様に建具番号と工程名終了入力、進捗管理表の共有を実現したのに加え、MicrosoftのBIツール「PowerBI Pro」の機能を付加し、図面上に建具の箇所ごとに進捗を色分け(協力会社が適宜設定)して表示できるようにした。
これにより建具施工の進捗状況をフロア単位で俯瞰できるようになり、進捗遅れを見逃すリスクを削減できる。
建設資材の運搬は、資材運搬の指示やスケジュールを原則として元請け企業が調整係として担当し、協力会社が車両などで資材を搬入、やはり協力会社による現場の必要箇所への移動などを担当する流れになる。従来は協力会社からの運搬申込書の情報を、調整係が工程表を基に作成した運搬スケジュールに落とし込み、情報を電子化して社内掲示用の運搬スケジュール表に加工していたため、膨大な手間がかかっていたという。この一連の作業をMicrosoftのWebアプリケーション作成プラットフォーム「Microsoft Power Apps」で自動化した。
この仕組みを実現するため、鹿田氏らは、タスク別に3つのアプリを開発した。協力会社用の予約アプリと調整係用の調整アプリ、運搬係用の運搬アプリだ。
協力会社側が予約アプリで資材運搬を予約すると、調整係側の調整アプリで予約をスケジュール表上に表示、予約日程の移動などを調整し、決定すれば協力会社側に通知される。実績管理も同じ画面で確認できる。さらに運搬係が利用する運搬アプリは、現場のゲートや揚重機ごとに確定した運搬スケジュールを確認でき、図面上でどのような資材がどこでどれだけ配置されるかといった配置情報も確認可能とした。今後はアプリの表示速度改善などの改良を加え、試験運用の後、2021年度からは横浜支店管轄の全現場に展開する予定だ。
上記システム展開後は、複数の現場に資材を運搬するための計画的なルート選択を可能にするシステムも予定している。これにより、運搬車両に搭載したスマートフォンで複数現場の情報を確認できる。さらに、そのシステムに蓄積される運搬実績のデータに、Power PlatformのAIモデル作成機能「AI Builder」を適用し、従来は熟練した調整係が駆使してきた属人的なノウハウを非熟練者でも活用できるようにしたいという。例えば調整係が資材とその量を入力すれば、運搬に要する人員や所要時間、エレベーターの稼働回数などを推定してレコメンドする機能を実装する予定だ。
これらシステムに活用されたのがPower Platformだ。その利用メリットとして、同氏は次のポイントを挙げる。
このように、鹿島建設はローコード開発ツールや各種自動化サービスを駆使して、プロジェクトごとに異なる協力会社の業務課題の解決に挑む。
今後は、協力会社にも「Microsoft Teams」を展開し、Microsoft Teams画面内に各システムへのアクセスのためのタブを設け、入力や閲覧を効率よく実現することも計画している。
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