失敗しないアジャイル開発を実現するには Sansanらの企業事例から学ぶ人材育成のコツ(2/2 ページ)

» 2021年06月25日 07時30分 公開
[田渕聖人ITmedia]
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ケース2. ユニファ

 2社目は、保育園向けのソフトウェアを提供するユニファの事例だ。片山氏によれば、保育園で必要とされるソフトウェアは、どういった機能が必要で、どのように運用していくべきかが見えづらく柔軟性が求められるため、アジャイル型のアプローチが有効になるという。

 ユニファでは、アジャイル人材育成に向けて4つのアプローチを採用する。1つ目は企業とスタッフの相互理解に向けた1on1ミーティングだ。片山氏によれば、従業員は、上層部にわざわざ話しかけることは少ないが、場を提供することでそれを実現するという。他の3つは、メンバーのアウトプットを重視した施策だ。(1)「Podcast」で話す場を設けたり、(2)月1回ランチを兼ねて学んだ技術を発表し合う「Tech Lunch」を開催したり、(3)持ち回りでブログを書いたりする仕組みを整備する。

 ユニファでは取り組みを進める中で出てきた課題に対して以下の対策を取っている。

  1. エンジニアが開発以外の業務に時間を取られることが多いため、不要な会議を減らして開発に集中できる環境を整備
  2. 周囲の支援で、エンジニアとビジネスサイドのコミュニケーションを円滑化
  3. フィードバックループの維持。プロダクトを頻繁にデリバリーし、顧客からのフィードバックで、メンバーの育成につなげる

ケース3.ソフトバンク

 3社目は、ソフトバンクの事例だ。ソフトバンクはアジャイル人材の育成に向けて、少数精鋭のCoEを構築したり、アジャイル型開発のスキルに沿ったキャリアパスを設けたりしてきた。

 片山氏によれば、同社は、取り組みを進める中でメンバーのスキル不足の問題や、アジャイル開発を実践するチームの育成とチーム数の増加のバランスを取ることの難しさに直面したという。

 ソフトバンクは、これを解決する施策として、メンバーの育成を計画的にプログラム化して取り組み、メンバーを安易に変えずチームの成長を重視した。チームの育成を中長期的な視点で捉え、チーム間の問題に関してはメンバーに任せることにした。片山氏によれば、これらによって開発力のアップやメンバーの自立性の向上につながったという。

 ただしチームの増加に伴い、チームとビジネス部門のコミュニケーションコストの増加や、ビジネス部門の信頼を勝ち取れないチームがあるという新たな課題が生じた。

 ソフトバンクは、課題解決に向けて、一部のIT部門のメンバーとビジネス部門のメンバーを一つの組織にした。この組織では、IT部門のメンバーがビジネス部門の業務も兼務する。これによって「ビジネスの温度感」が開発者に伝わるようになり、両部門のコミュニケーションが活発化し、良好な関係を築けるようになったという。

 片山氏は、「最も大きな意識改革は、デリバリーやリリースがゴールではなくなったことだ。『あくまでそれによってもたらされるビジネス価値の向上がゴールである』とIT部門が理解するようになった」と述べる。

ケース4. コニカミノルタ

 4社目は、コニカミノルタの事例だ。同社は「アジャイル型の開発手法が重要になる」という強い思いを持ったリーダーが主導し、2016年からアジャイル開発と人材育成の取り組みを進める。最初は3部門4人から始まったが、2018年には22部署で25人にまでのメンバーを拡大した。

 コニカミノルタは、アジャイル開発の推進において「トップマネジメントを味方に付ける」「仲間を作る」「話を大きくする」という3つの方針を掲げる。この手法は2018年以降、海外にも展開され、事業文化として定着しているという。

 コニカミノルタは、アジャイル開発推進の要としてプロダクトオーナーの育成に力を入れてきた。同社は、プロダクトオーナーの役割について「『誰の』『どのような課題を』『どのように解決し』『どのような効果』(価値)を狙っているのか。そのために『何を』『どこまで作るのか』を決める」と定義する。これを基に、何をすべきかを明らかにし、活動内容に沿った短期の研修制度を構築した。

 同社は、この活動が実り、複数のプロダクトオーナーの育成に成功した。プロダクトオーナーの活動は実践コミュニティーとして発展している。実践コミュニティーの活動イメージは下図の通りだ。

コニカミノルタの実践コミュニティーの活動イメージ(出典:ガートナー発表資料)

 各プロダクトオーナーは、それぞれの現場で業務に従事しながら、実践コミュニティーで課題や事例といったナレッジを共有する。実践コミュニティーにはコアメンバーがいて、プロダクトオーナー研修の講師育成も実施する。その後、実践コミュニティーでプロダクトオーナー研修を受けた人材が講師として新しいプロダクトオーナーの育成に当たる。

 コニカミノルタでは、社内にアジャイル開発の経験を積んだアジャイルコーチの集まりであるCoE組織を構築した。現場に伴走しながら支援をするコーチングやアジャイルに関する啓もうや教育、開発のプラクティスや技術支援を実施するエンジニアリング支援の役割を担っている。

ケース5. アクサ生命

 5社目は、アクサ生命の事例だ。アクサ生命のIT部門では数年前に「トライブ型」と呼ばれる業務単位に再編した組織体制を導入した。トライブの中には、「トライブリード」「プロダクトオーナー」「エンジニア」が所属する。メンバーにはジェネラリストとスペシャリストの「T字型」の高いスキルが要求されるという。

 同社は、人材育成の施策として、「取り組みのブランド化」「新しいマネジメントの考え方」「トレーニング指標の導入」「情報共有の仕組み」「ビジネス部門の巻き込み」「分からないことに相談に乗る仕組み」「他のチームの活動を知る仕組み」などに取り組む。

 現在はこれまでの取り組みを「基礎作り」と位置付けて、2020年に横展開をはじめ、2021年からは全社展開を進める。横展開の段階ではトライブリーダーの育成に力を入れ、全社展開時には「機敏で効率的なプロダクト志向型の組織を高いスキルのメンバーで構築すること」を目標に掲げる。

 アクサ生命は、全社展開の具体的な方針として、「プロダクトの定義」「組織役割の整備」「コミュニティーの設置」「組織や役割の明確化」の4つを挙げる。スキル習得に向けたアクションプランの設定に力を入れていることが分かるだろう。

 同社ではさらに、アジャイル型の案件を実施する際に、9つのプラクティスを推奨する。アジャイル案件では、必ず以下の要素のいずれかを取り入れているという。

アジャイル案件実施における9つのプラクティス(出典:ガートナー発表資料)

ケース6. DNP

 6社目は、大日本印刷(DNP)の事例だ。DNPは、情報イノベーション事業部からアジャイル開発の取り組みを始めた。開始当初の目標は「近い将来、DNPグループ全員にとってアジャイル開発やAI(人工知能)、クラウドを当たり前の状態にする」だった。同社は、これに向けた柱として「社内ルールの整備」「推進組織の強化」「人材育成」といった3つの領域に力を入れる。

 DNPは、人材育成に向けて社外からアジャイルコーチを招き、有資格者の育成(認定資格研修)や社内オリジナル研修の開発、コーチングの推進などを、ルールの整備、推進組織の強化と並行して進めた。

 現在は、情報イノベーション事業部のアジャイル開発導入の取り組みを3年計画で全社展開をする予定だ。アジャイル開発に関連する資格の取得者やアジャイル開発案件の数を指標に設定する。

 同社のアジャイルの全社展開に向けたアプローチは以下の通りだ。「DXによる価値創造」を目的に据えて、「外部知見の導入による真意の理解」「パイロットプロジェクトにおける実践」「アジャイル開発に必要な環境の整備」「ビジネス開発とシステム開発が一体となった体制の構築」の実現を目指す。

 全社展開時の課題としては、アジャイル開発への企業全体の理解不足やビジネス部門と開発部門間の期待値のギャップ、IT部門にありがちな「受注体質」などが挙がる。アジャイル開発プロジェクトのマネジメントにおける課題としては、ウオーターフォール開発でのゲートガバナンスが適用しづらいことや、「受注体質」が挙がった。

 DNPは、これらの対策として、各種研修の提供や支援に向けた情報提供を実施した。研修の内容やレベルに応じて対象部門を選定し、アジャイルスキルの底上げを図り、管理職含めて関連するステークホルダーには広く基礎知識を注入し、マインドセットを醸成した。

 さらに、それぞれのスキルレベルを可視化するため、IT部門が利用するキャリアデベロップメントプログラムも採用する。今後は取り組みの強化に向けて人事部門とも連携する予定だ。

ガートナーからの提言

 片山氏によれば、アジャイル人材の育成については「意識」「スキル」「ルール」の3つがポイントだ。「意識」に関しては、「プロダクトの価値(ビジネス価値)につながることを意識させる」「仲間を増やす」「チームで作業する」(「待ち」の姿勢を排除する)ことが重要だ。

 「スキル」に関しては、「現場で相談できる/情報共有できるコミュニティーの構築」(相互理解)や「現状に合ったトレーニング」(必要なものを必要なタイミングで提供する)「自ら考える習慣を身に付ける」「アウトプットを意識させる」「先進的プラクティスの活用を促進する」が挙げられる。

 「ルール」に関しては、「自社のやり方に合ったメソッドを構築する」「ガイドブックとして活用する」が重要だ。

 片山氏は、最後に「いずれにせよ問題や課題、障害は必ず出てくる。諦めず継続して取り組むことが重要だ」と締めくくった。

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