「いつ倒産してもおかしくなかった」  地方の中小企業をV字回復させたデジタル変革Salesforce LIVE Japan レポート 2(1/2 ページ)

デジタルを活用した変革は首都圏の大企業だけに許された“特権”ではない。従業員規模40人程度の地方の土木工事会社が、営業担当者の日報ツールを脱Excelしたことを皮切りに全社での変革に成功した。同社を倒産から救った“現場目線”のデジタル変革とは。

» 2023年01月06日 08時00分 公開
[指田昌夫ITmedia]

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 コストやデジタル人材の不足から、デジタルを活用する改革を「自社とは関係のない話」と考える中小企業も多い。こうした中、地方の従業員数42人の土木工事会社の社長が「いつ倒産してもおかしくなかった当社を救ったのは、デジタル技術だ」と自社の経験を語った。

 Salesforceが主催する「Salesforce LIVE Japan 中小企業・ スタートアップ経営変革Days」(2022年9月開催)で紹介された明和工業の業務改革事例を見ていこう。

「倒産寸前」の会社を救った“現場目線”のデジタル変革

 福井県に本社を置く明和工業は、従業員数42人の土木工事業者だ。同社は土木工事の中でもニッチな「のり面」工事を得意としている。のり面とは切土や盛土によって形成される人工的な斜面部分を指す。大雨などでのり面が崩れると、周囲の人や家屋や道路に多大な被害を及ぼすため、崩れないように保護、補強する必要がある。

 建設業界にはIT業界と同様に多重下請け構造が存在する。のり面工事は、国や都道府県が発注者となる公共工事の一部として実施されることがほとんどだ。総合建設業者が道路建設などの公共事業(土木一式工事)を落札し、そこに含まれるのり面工事を「元請け」である総合建設業者から請け負う明和工業は「一次請け」にあたる。

 明和工業自身が元請けとなるケースもあるものの、下請け業務が8割を占める。そのため同社は総合建設業者に対して日々、営業活動をしている。

 慢性的な人手不足や原材料価格の高騰、公共事業の執行の遅れなどによって、地方の中小建設事業者の経営環境は悪化している。明和工業の土本謙吾社長も「以前の当社はいつ倒産してもおかしくない状況だった」と振り返る。

 当時の同社は、社内の共有フォルダに営業部や工事部、総務部といった各部門の情報が保存されていた。「資料を作った本人以外はどこに何があるかを把握しておらず、データの信ぴょう性も低かった」と土本氏は語る。

 月1回開催される全社会議のための資料作成に各部門のメンバーは多くの時間を割いていたが、「完成した資料には“都合の悪いこと”が抜けている可能性があった」(土本氏)

 土本氏は、データを一元管理して従業員が簡単に使えるようにできないかと考えた。

 「世の中にデータ管理ツールはいくらでもある。しかし建設業で、しかものり面工事専用のツールは存在しない。何かヒントがないかと悩んでいたころ、『ふくいITフォーラム』というイベントで『Salesforce』を紹介しているブースに出会った」(土本氏)

 Salesforceで情報がリアルタイム処理できることに魅力を感じた土本氏は、2016年1月に採用を決めた。社内にはコストがかかるツールの導入に反対の声もあったものの、最後は社長の権限で押し切った。同時に、IT専属の担当者も採用した。

営業部門から総務部門へ――全社を巻き込む改革に拡大

 しかし、新たに採用したIT担当者はSalesforceを利用した経験はなく、辛うじて「Microsoft Excel」(以下、Excel)を操作できる程度のスキルしか持っていなかった。「不安はあったが、Salesforceでデータ管理するという目的を前に引き下がることはできなかった。Salesforceがサポート体制や教育システムが充実していることに賭けて、二人三脚で開発を開始した」(土本氏)

 最初に作ったのは、営業日報のツールだった。それまで明和工業では、営業日報はExcelを使ってファイルを共有サーバに保存していた。だが、正しく運用されていたとは言い難く、週に1回まとめて書く人もいれば、実際には訪問していない顧客企業について「訪問した」と虚偽の記録を残す人もいたという。「当時の日報は、『自分はサボっていない』ということを会社に示すためのツールでしかなかった」(土本氏)

 そこで新たに作った日報ツールの「TGPシート」では「誰が」「どこで」「誰と」「どんな話」をし、それに対して「次に何をすべきか」を入力することを必須項目とした。「これらを入力しなければ日報を登録、送信できないため、訪問先と交わした会話の内容を必ず書かなければいけなくなった」(土本氏)。それでも「未定」と記入してごまかそうとする“強者”が現れたが、土本氏が都度注意した。こうして日報作成ツールの定着が進んだ。

 日報作成ツールの運用が始まってから、同社の営業活動の実態が分かってきた。営業マネジャーは営業担当者と顧客とのやりとりをリアルタイムに把握できるようになった結果、営業担当が気付いていないミスを営業マネジャーが指摘したり、顧客が知りたがっている情報を工事部を巻き込んで先回りして知らせたりできるようになった。

 また、成績優秀な営業担当者は発注の多いエリア、発注の多い時期を選んで営業をかけているのに対して、結果が出せない営業は自分が行きやすいエリアを回っていることが見えてきた。「“できる”担当者の仕事のやり方を共有することで、社内全体で営業活動の見直しが進んだ」(土本氏)

 日報作成ツールは当初は営業の「見える化」を目的としていたが、思わぬ副産物も生んだ。日報を見れば営業担当者の行動が把握できるため、交通費の確認が簡単になり、総務部の業務効率化にもつながった。総務部門は、同社で従業員数が最も多い工事部にSalesforceを利用するよう希望し、工事部で利用を開始することになった。こうして徐々に全社規模で利用が拡大していった。

 最後の“難関”が工事現場の職人だった。「PC作業は職人に渋られたが、『スマートフォンにSalesforceのアプリを入れて使ってほしい』と頼むと、簡単に引き受けてくれた」(土本氏)。営業部の日報から始まったデジタル化は、総務部を味方に付けて工事部へ拡大し、最後は職人をも巻き込んで全社のムーブメントになった。

 業務の無駄をなくした結果、Salesforce導入の3年後、明和工業の売上高は導入前と比べて20%アップ、利益率は同80%アップした。「正直、ここまで結果が出るとは思っていなかった」と土本氏は語り、新ツールを定着させるポイントとして次の3点を挙げた。

  1. Excel入力など従来のやり方を捨てる勇気を持つこと
  2. 自社に合わせてツールをカスタマイズすること
  3. とにかくトップが率先して新しいツールを使うこと

「定着しても営業成果がしぼむ」という新たな悩みをどう解決する?

 こうして明和工業はSalesforceの全社的な定着に成功した。しかし、いったん出た成果はその後、急速にしぼみ、営業成績も振るわなくなったという。

 2020年1〜3月には失注が連続的に発生した。土本氏が原因を問うと、営業部長から「経験と勘からうまくいくと思っていた」という言葉が飛び出し、営業部門がデータを活用せずに経験と勘だけで仕事をしていることが分かった。「耳を疑った。これまで蓄積された営業データはほとんど見られることがなかった」と土本氏は振り返る。

 当時、同社の営業部門では重要顧客は「いつも仕事を発注してくれる取引先』という程度に考えられていた。土本氏は、営業データをレポートにまとめ、数字を基に重要顧客の定義を示した。

 このデータを基に営業活動を実施したところ、営業成績はV字回復したばかりか目標を大幅に上回った。「いくらデータを入力させても、営業部門がそれを生かさなければ意味がないことがよく分かった。このとき、Salesforceの本当の価値を私自身が体験したとも言える」(土本氏)

 社内のデジタル改革を成功させた土本氏とIT担当者の2人は現在は新事業の立ち上げに奔走している。「顧客管理のノウハウはどんな業種にも役立つ」(土本氏)。データを駆使して変化に挑む同社の挑戦は今後も続く。

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