「セキュリティが心配」「操作を簡潔にしてほしい」 金融機関はユーザーの期待に応えるべき?金融機関のDXはどう進む? ユーザーの期待と変革の現在地

銀行や証券会社などの金融機関のデジタルサービスに対するユーザーの期待はさまざまだ。あるところで“線”を引いて対応する道もある、と筆者は提言する。その真意は。

» 2022年10月07日 11時30分 公開
[岩松健史アドビ]

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筆者紹介:岩松 健史(アドビ株式会社 デジタルメディア事業統括本部 ビジネスデベロップメントマネージャー)

日本マイクロソフトにてエンタープライズ企業向け営業部門における「Microsoft 365」のスペシャリストを経て、2019年アドビ入社。「Adobe Document Cloud」 (Adobe Acrobat 、Adobe Acrobat Sign)を中心としたビジネスソリューションを広めるため、製品単体やシステム連携などのパートナーへの訴求活動に従事している。



 さまざまな業界でDX(デジタルトランスフォーメーション)が進み、銀行や証券会社などの金融機関にもDXの波が来ています。本連載では金融機関のDXについて個人向けサービス、法人向けサービスの双方から考えたいと思います。

 第1回はアドビが実施した「金融デジタルサービス利用実態調査」で明らかになった利用者の期待を見ました。連載第2回となる本稿は、利用者の期待に金融機関がどのように対応していくべきかを考えます。なお、「金融デジタルサービス利用実態調査」の調査概要は以下の通りです。

調査概要

  • 調査方法:インターネット調査
  • 実施対象:1000人(銀行口座保有者500人、証券口座保有者500人<男女および20〜60の各年代で50人ずつ均等割り付け>)
  • 調査期間:2022年6月8〜13日

セキュリティ意識に大きな世代間ギャップ

 前回紹介した「金融デジタルサービス利用実態調査」の結果を見ると、筆者の想定よりも多くの人が金融機関のデジタルサービスを利用したいと考えており、デジタル化された一部のサービスについては利用頻度も高いことが分かりました。特に通帳に記帳しなくても残高照会できるサービスや、オンラインで振り込みできるサービスは回答者の7割近くが利用しています。

 調査結果からは、コロナ禍の中で人との接触を避けるためにオンラインサービスを利用した人が増えたことがうかがえました。銀行の支店が統廃合によって減少傾向にあることもオンラインサービスの利用者増に影響していると考えられます。

 オンラインサービス利用時に重視する点が世代によって異なることも分かりました。「重視する点」は「要望する点」だと解釈することができます。金融機関はどのように対応すべきでしょうか。

「サービス利用時に重視する点」 (出典:アドビ「金融デジタルサービス利用実態調査」) 「サービス利用時に重視する点」 (出典:アドビ「金融デジタルサービス利用実態調査」)

 まず、50代以上男性と60代以上女性が重視するセキュリティ対策から見てみましょう。

 一般的な金融機関はシステムのアクセス制御や通信の暗号化、ウイルス、マルウェア対策などに加え、24時間365日の通信監視を実施しています。利用者のアクセスに対しては、通常のログインパスワードに加えて、ワンタイムパスワードなどによる二要素認証を取り入れるなど、なりすまし対策も実施しています。最近はITインフラにクラウドサービスを利用する形態も増えています。クラウド事業者の堅牢なシステムを利用することで、金融機関のセキュリティリスクを抑えられます。

 金融機関のシステムが堅牢な一方で、利用者の不注意による個人情報の漏えいリスクが高まっています。特に、金融機関を名乗る発信者が送信したフィッシングメールを開き、偽物のログイン画面でIDとパスワードを入力して情報が盗まれてしまうケースが多発しています。

 フィッシングメールは日々“進化”しているため、ユーザーがセキュリティソフトを導入し、フィッシングURLを検知するなどの対策が必要です。金融機関によっては、送信する電子メールに電子署名を加えるなど「本物」であることを明らかにするフィッシング対策を採っていますが、これはユーザーが注意して電子署名の有無を確認しなければ意味がありません。

 盗まれた個人情報はブラックマーケットで取引されるケースもあります。ブラックマーケットとは特殊な専用ソフトを使ってアクセスするダークウェブ上の闇サイトで、個人情報1件当たり数ドル〜数十ドルでやり取りされているようです。

 一方、若い世代は、手続きがスマートフォンで完結することを重視しています。現在、ほとんどの金融機関は専用アプリをリリースしており、専用アプリで各種操作や取引できるようになっています。利用者が専用アプリを使えば、フィッシングサイトへのアクセスは阻止され、セキュリティのリスクも軽減されます。公式アプリからアクセスする限り、詐欺サイトには誘導されないからです。

 スマートフォンを操作することが本人性を証明する一つの証左になることから、本人確認のためにスマートフォンの電話番号にSMSを送信することがめずらしくなくなりました。多くの人が肌身離さず携帯しているスマートフォンは、本人性を確認できるツールとして今後実印のような役割を担う可能性があるでしょう。そうなれば、スマートフォンでさまざまなサービスが完結させられるようになる可能性があります。

「操作を簡潔にしてほしい」の声に応えるべきかどうか問題

 同調査によると、40代以上の女性からは、操作の簡潔さを重視する声が同年代の男性や他の年代の男女よりも多く上がりました。女性に限らず、ITリテラシーは世代が上がるほど低くなる傾向があります。

 こうした要望に対して、金融機関側はUIやUXの専門家の知見なども生かしながら改善する必要があります。一方で、若い世代には同様の声が少ないことから、今後世代交代が進むことを見据えれば、「コストをかけてまで改修する必要はない」という見方もできます。

 「使い方が分かりづらいので教えてほしい」と要望する利用者を個別にサポートしたり、ヘルプ画面を充実させたりなどの対策を重ね、利用者に徐々に慣れてもらうことで対応できる部分もあると筆者は考えます。

 証券会社は、デイトレーダーのように分単位で株の動きを追うような利用者から、小口の投資信託や特定企業の株の購入などに限定された利用者まで利用者の幅が広い傾向にあります。近年は将来的な資産運用の期待から小口投資家が増えつつあります。

 欧米では、古くから証券をはじめとする金融商品の購入による「直接金融」が貯蓄の一環と捉えられてきましたが、日本では銀行に預金して、銀行が運用する「間接金融」が主流です。しかし、日本銀行の長期にわたる超低金利政策の影響で預金の金利も低い水準が続いており、日本でも自身で運用して資産を増やそうとする直接金融が増えています。

 こうした背景から、証券会社においてはオンライン対応やマルチデバイス対応が進み、操作の分かりやすさが重視されるようになっています。

オンライン取引拡大で重視される「本人性」の確認

 ここまで金融機関の利用者の要望にどう対応すべきか、現在すぐに採用できる対策を中心に書いてきました。ただ、筆者は利用者の要望に応えるためにも、ある程度の時間やコストをかけてDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めることで利用者の利便性が向上すると同時に、新しいサービス提供にもつながると考えています。

 現在、金融機関で進んでいるのは、従来のサービスをオンラインで提供するデジタライゼーション(デジタル化)です。DXを進めるには、顧客の状況に合わせてリアルタイムで対応する、顧客が求める商品を提案するといった「これまで実現できていない機能」の実現が必要です。

 例えば、銀行が利用者の自動車検査証の情報を取得していれば、車検の期限が切れるタイミングで自動車ローンを薦め、自動車の買い替えを促すといった新しいサービスが実現できます。

 ローン契約は現在、銀行の窓口で契約を交わすケースがほとんどですが、今後は審査や本人確認のやりとりをデジタル化することで業務の効率化を図れます。

 昨今は、運用コストの問題から銀行が支店の統廃合を進めており、近所に支店がなくなった人も多いでしょう。メガバンクに限らず、地方銀行や証券会社でも支店の統廃合は進んでおり、金融機関の顧客接点のデジタル化はこうした理由でも求められています。

 もちろん、顧客接点のWeb化や契約書のPDF化だけではDX推進という観点では不十分なので、業務プロセスの見直しや本人確認、契約の締結などをシームレスに実現する仕組みが必要です。

 マイナンバーカードなどの公的な個人認証サービスと連携する動きもあります。アドビも凸版印刷と共同でこのようなサービスを提供しています。本人確認を可能とする堅牢なアプリの活用が進むことで、これまで対面で本人確認が必要だったプロセスをスマートフォンで完結することも可能となります。個人による土地取引など、本人性を重視する取引をはじめ、さまざまな契約において信頼度の高い方式で認証が広がっていくことが考えられます。

 次回は金融機関の法人向けサービスの現状の課題と展望を解説します。

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